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蔵書は負債である

2009年12月10日

 昨夜、twitterで出た話題なんだけどね。
 ある人が「積ん読が増えてフラストレーションがたまっていた」って話したんだよ。「積ん読」というのは、本を買ってきたけど読まずに積み上げてる状態のこと。ま、オジサン世代の共通語だと思ってくれたまえ(笑)
 で、僕がその人に「読書と言うのは全部読むことじゃないんだ。それをしてたら、本が多量に読めない。もちろん小説やマンガは全部読んで楽しむものだけど、こういう研究書やビジネス書は「いかに自分の関心があって『面白がれそうな部分』をつまみ読みするのか」が醍醐味だと思う。」って返した。
 
 以前の僕は「買った本は全部読まなきゃ!」と思っていたんだ。もちろんどの本も読みたくて買ってるんだけど、徐々に部屋が本で埋まり出す。
 いわゆる山のように「積ん読」で部屋がいっぱいになっちゃう。
 で、ダイエットしたときに、考え方を変えた。
 「読まなきゃ」と思ってる本で、過去三ヶ月開いてない本は売る。
 また読もう、と思ってる本でも正直「もう読まないだろう」と思う本も売る。
 とにかくなにがなんでも、蔵書の量を半分にする。
 
 この蔵書半減大リストラを、いままでに3回ぐらいやったんだ。
 1/2を3回やった、ということは蔵書の量は?そう、以前の1/8ぐらいになった。
 やってみてわかったんだけど、1/8でも充分に多いよ(笑)
 
 でもね、辛かったし、もったいなかったよ。
 だって「読んでない本」でも売っちゃうんだから。
 もう自分がイヤになるし、恥ずかしいような情けないような、本当に辛かったなぁ。
 
 でもさ、考えてみたら不思議だよね。
 「読まないで手放す」のがそんなに惜しいなら、なんで「買った本を何ヶ月も読まない」ことは辛くないんだろう?
 そう考えはじめると、徐々に僕は蔵書を違った目で見るようになった。
 
 前の僕は、蔵書を「財産」として見ていた。「資産」と言い換えてもいい。
 でも昨夜、twitterしてる最中にいきなりひらめいたんだ。
 
 いまの僕にとって、未読の蔵書は「負債」なんだ!
 
 だって、本を買うときにすでにお金は払ってるわけじゃない?つまりここで金銭の支払いは済んで、もうお金は返ってこない。
 ところが、次に本というのは「自分の時間」という支払いが必要だ。
 お金は節約できるし稼ぐことだってできる。でも自分の時間というのは最も重要な通貨なんだよね。
 
 「本を買う」のは円という「経済通貨」での支払い。
 「本を読む」のは「時間通貨」での支払い。
 じゃあ、「まだ読んでない・いつか読まなきゃいけない蔵書」っていうのは、「時間通貨の支払い待ち」の負債じゃないのか?
 「いつか読まなきゃ」と気になってる状態というのは、「支払いの利子だけ払ってるけど元本が減ってない状態」じゃないのか?
 
 いや、自分でもヘンな考えだとは思うんだけど、なんか腑に落ちたなぁ。
 twitterで「金は本屋で支払済みでしょ?あとは自分の時間と言う最重要通貨の支払いが待ってる。いつか読む、というのはそれをローンで利子だけ払ってるようなものだよ。読んでない本は資産ではなく、負債なんだ」って一気につぶやいたら、自分でも驚くほど納得できたんだ。
 
 昨夜は「嫌消費世代の研究」という堅い本を90分ほどで通読しながらtwitterでつぶやき実況という「公開読書」をした。
 時間が短いから、どうしても要所要所だけ読むことになるし、興味ない部分はどんどん飛ばして読んじゃう。
 もったいない読み方だし作者に失礼かな?とも思ったんだけど、この方法なら「買ってきたその日に読める」んだよ。
 
 せっかく読みたくて買った本を「負債化」しちゃうより、もういっそ「飛ばし読み」したほうがお互いに幸せかも知れない。
 特に堅い本や研究書は、どうせ僕たちは素人なんだから「面白がる」ための読書でいいんじゃないかな?専門家の知見をすみずみまで知らなくても、自分の「面白がる心」を減速させないように、チャチャっと読んじゃう方が楽しいし、けっきょく「覚えたい部分」はそれでもちゃんと頭に残るよ。
 無理して読んでも、わりと残らないしね(笑)
 
 とりあえず、最近の僕は「買った本はできるだけ週のうちに読む」「毎月、買った本の数だけ蔵書は売る」を守っている。
 おかげで蔵書は1/8をキープ。部屋は片付くし掃除しやすくて、本に囲まれた前よりは過ごしやすい生活を手に入れた。
 ま、こんな考えがあるんだということで。
 ちょっと面白いでしょ?
 
 今日はここまで。
 あすあさっては大学の講義で大阪出張だから、短い目の更新になるかも。
 じゃ、また明日ね。
 


Posted by 岡田斗司夫 at 22:14

この記事へのコメント

宮崎哲弥さんは一日に本を7冊読むそうです。高校の時同級生だった秀才君は図書館の本を毎日2冊ずつ読んでました。
岡田さんも読書大好き人間ですよね。
本の斜め読み、飛ばし読み、小生も大賛成です。読書慣れしている人間にはそのワザが許されると思います。
多読乱読の効用って確かにありますよね。そのためにバシバシ本を読み飛ばす工夫って確かに大事かもしれません。
小生は30歳を過ぎてから読書好きな人間になったようです。
もっとバシバシ本を読み飛ばしたいなぁ!
Posted by スロ at 2009年12月10日 22:32
最近、読書欲が出てきて困ってます。。
パラダイムシフトや広告関係、池上彰さんの著書、松尾貴史さんの著書、京極夏彦さんの作品などが読みたくて、お金が大分飛んでいきそうです;;
Posted by 永和 at 2009年12月10日 22:46
なんとも豪快で、潔い読み方!
今日、挫折しそうな本があったので
この記事見れて助かりました。

本を読むことで
「情報を篩いにかける」作業を
しているって考えると良いんですかね?

その方が自分の興味が
みえてきやすい、ということでしょうか。
Posted by FUJI at 2009年12月10日 23:00
蔵書のスペースを家賃に換算すると結構いきますよね。

空間コストも発生しつづけてる気がします。
Posted by fb at 2009年12月10日 23:03
岡田さんは速読かなんかでパラパラ、パラパラ~っと本読んでるのかなって思ってましたが、つまみ読みでしたか。少し、安心しました。自分の本の消化スピードに少し不安があったので、、。僕も試してみよう。
岡田さんのブログを毎日覗くことが僕の大切な習慣になってます。
Posted by 名無し at 2009年12月11日 00:03
私は本屋で立ち読み(作家の方には申し訳ないですけど)すると読み進むのに、これはじっくり読もうと思って買って帰るんですが、うちでは開こうともしないので積読になっちゃうんです

移動中の電車の中とかでは読むんですけどうちの中ではなぜか読む気がうせちゃって。なのでハードカバーとか雑誌の未読率が高いです。
Posted by AVR93 at 2009年12月11日 04:39
いつも楽しく、笑顔で読ませてもらってます。

僕も捨てるう勇気が無く、本棚、押入れは倉庫です。僕も1年程前にふと、将来人生時間を考えた時にあれ、「この本すべて、再読無理だよなあ。」と考えてしまいました。食べる、寝る、働く、遊ぶ等勿論すると考えるとどうにも時間のつじつま合わないですよね。
もう一押し、僕は選択技術、捨てる技術の開拓です。これも時間の負債ですが・・・

改めて参考になりました。ありがとうございます。
Posted by ことろん at 2009年12月11日 08:54
私も1週間以内に読まないであろう本は買わないですね。逆に言えば情熱がわいた瞬間に買う。
情熱がわかない本は本屋に預けてあるというスタンスです。
Posted by リクト at 2009年12月11日 17:46
教養系の本は面白いとこだけ読むという方法が一番適している気がしますねー。

マンガや小説なんかは一時的に「積ん読」状態になっていても、没頭すれば処理速度が上がってくるので案外平気なんですが。
(ただ読んでも置き場所がなくて「積ん読了」が増えていきます…)

教養系の本だと自分に合わない言説部分の方が気になったりして、なかなか面白がれないことが多かったんです。
ですが自分が面白がれない部分を飛ばし読みしていくと、その先に面白がれる部分を見つけたりできることがあったりしました。

前から順番に順序立てて読んでいかなければならない、という前提は必要なかったのかと目から鱗でした。

逆にそれで後から面白がれなかった部分なども冷静に読むことができたりと、結構良い読み方だなと関心。

もしかすると読み終わった本も「空間」という貴重なものを占領するある種の「負債」かもしれませんが、個人的にはそれらを売却する勇気が無いのが一番問題かもしれません。
Posted by 円山 at 2009年12月11日 19:21
同じように映画などをとっておいた膨大なビデオも大いなる「負債」ですね。絶対この先ほとんど観返す事無いだろうし、観たければレンタル屋がある。でも本は捨てたり売ったりすることが勿体無いというか、自分の知識を失う気がしてなりませんでしたが、蔵書は「負債」と、「人に伝えてこそ自分の「実」になること」を読んで、決心が付きました。部屋が広くなりそうです。
Posted by metalican at 2009年12月12日 05:56
はじめまして

「蔵書は電子化してしまう」という考え方もありますね。
背表紙のところで本を断裁してバラバラにし、
用紙送り機能のあるスキャナで取り込んでしまうのです。
一度電子的なファイルにしてしまえば、
空間的な制約はほとんどなしにHDDに無尽蔵に「蔵書」できますし、
ノートPCとかiPhoneに送れば、重たい思いをせずに本を何冊も持ち歩くことが出来ます。

本をバラバラにするのは勿体無い気もしますが、
一応読める状態の情報が手元に残るので、
ただ本を捨てたり売ったりするのよりは、
蔵書を手放す時の葛藤が小さくて済むように感じます。

参考:
http://www.youtube.com/watch?v=z7JSjYyx63M
Posted by せんきち at 2009年12月13日 10:43