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すべてはFREEに向かう(立志編)

2010年03月30日

 すべてはFREEの世界へ向かっているんだ。
 新サイト、あと三日ではじまるよ。




 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
 最初から読む場合は、この日記からスタートしてください。
 


 頭を下げたこと、ある?
 接客の人がお客様に謝る時とか、老舗の旅館女将が「ようこそおこしやす~」と頭を下げるとか、そういう意味じゃないよ。
 そうじゃなくて、「男として頭を下げた」という意味。
 
 商売人として、とかそういうのなら誰でもあるだろう。
 あと「人間として頭を下げる」というのも時々あるよね。
 誰かに迷惑をかけた時とか、友だちとの約束に遅れた時とか。
 
 1972年、僕が中学2年の夏休み、YMCAのボランティアで小学生相手に体育館で「竹とんぼ工作教室」の手伝いをしたことがある。
 三才ぐらい年下の奴らってすごく可愛い。慣れない和風ナイフ(肥後の守っていうんだ)で竹を削ってプロペラ状の断面を作り、ボンドで竹ひごの軸とくっつける。
 小柄だけど利発そうな男の子が「お兄ちゃん」と言ってきた。「作ったけど、飛ばへん(飛ばない)」
 姉弟は姉しかいなかった僕はニコニコして、その竹とんぼを削り直した。裏の肉厚を薄くして軽く作り直し、その子に渡した。
 両手で挟んで、すばやくひねる。
 竹とんぼは二メートルほども上昇した。男の子は大喜びだった!
「見た?見た?」
 僕も笑って「ちょっと貸してみ」と声をかけた。
 中学男子のパワーを見せてやる。この体育館の天井まで飛ばしてやる。
 僕は全力で竹とんぼをひねった。
 
 すごい勢いで飛んだ竹とんぼは、そのまま一直線に男の子の顔に衝突した。目を庇って倒れる男の子。母親が走ってきて抱きしめる。
「見える?見えるか?」「見えへん・・・」
 僕は真っ青になって、自分のしでかしたことに硬直していた。
 周囲はヘンな色になって、ヘンな匂いがして、そして音が消えたりうるさく救急車のサイレンが鳴ったりした。
 
 6時間後、僕は病院で医者からの説明を受けていた。眼球の水晶体はあんがい丈夫だと言うこと。目には傷がついたけど視力にはおそらく何の影響もない、ということ。
 それを聞いて僕は、その日1000回目ぐらいの「本当にすいませんでした」をご両親に言って頭を下げた。ご両親は、もう言い疲れたように「いや、エエから。大丈夫やから」と答えた。
 人間として頭を下げる、というのはこんな感じだ。
 とりあえず申し訳なくて、謝るしかできない。
 相手も「謝って貰ってもどうしようもない」とわかっていても、とりあえず謝意を受け取るしかできない。
 
 しかし「男として頭を下げる」というのはあんがい少ない。
 こういう言い方をすると男尊女卑に聞こえるかも知れないけど、僕の中で「人として」というのと「男として」というのは、やっぱり絶対に違うんだよね。
 
 『王立宇宙軍~オネアミスの翼』という劇場アニメを作った時の話だ。
 バンダイというオモチャ会社がスポンサーになってくれて、アマチュアの8ミリ映画しか作ったことのない僕たちに制作予算4億以上、総予算6億ものアニメ映画を作らせて貰った。
 いや、正確に言うと映画の権利全てはバンダイが持っていったのだから「作らせて貰った」という関係じゃないかも知れない。でも僕たちのあの頃の気持ちは「作らせて貰った」だったんだ。
 
 雲行きが変わったのは宣伝会社のT社から強硬な意見がではじめてから。『風の谷のナウシカ』が大ヒットして、とにかくアニメ映画を売りたいならナウシカみたいに見せろ。客を騙してでも映画館に連れ込め!
 宣伝担当は僕たちの前でそう言い切った。「たとえ騙されたとしても、映画が面白ければ客は文句を言わない」
 この海千山千の宣伝屋にバンダイは徐々に呑まれていった。そしてついに、その日がやってきた。
 
「岡田さん、何も言わず、40分切ってよ」
 1987年の正月明け。銀座の会議で総合プロデューサーであり当時のバンダイ社長である山科氏は僕にそう言った。映画の尺(公開時間)のことだ。
 『王立宇宙軍』の公開時間は120分。映画館が朝11時にオープンして、夜9時まで営業するとしたら営業時間は10時間。そこにラニングタイム2時間の映画を廻したら、一日で4回転が限度だ。
 しかし40分カットして80分の映画にできたとしたら?10時間で6回転は廻せる。4回と6回では売り上げは50%も違うのだ。
 
 自分で映画を一度でも作るとわかるけど、映画は精密機械だ。セリフだけでなく映像的な伏線や暗喩、登場人物の感情曲線が周到に計算され、埋め込まれている。120分の映画を40分切る、ということは「ひとりの人間の1/3を切り落とす」というのと同じ意味なのだ。
 アクションやキャラの強い映画ならともかく、『王立~』のように映像文法の強い映画にとって、それは表現の死を意味していた。
 
「できません」
「できないのはわかってるよ。でも、いまの流れ、わかるでしょ?」
 宣伝のT社との関係だ。前売り券の買い取り保証や収益分配の比率など、当時の僕はそういう聞きたくもない話に毎日振り回されていた。
 「夢を作る、というのは、夢からもっとも遠い場所でドブをさらうこと」「そのドブの上に咲いた花が夢だ。そしてドブに羅紗をかけて、花だけ見えるようにしたのが映画だ」
 当時の僕のノートには、そんなキザなセリフが書いてあった。
 
「切ってもらうよ。最低でも20分。できれば40分」
 僕たちの話に割り込んできた宣伝会社役員が言いはなった。
「君らが前売り券40万枚買う、というなら話は別だけど」
 やり手の営業部員や出資者、広告代理店の偉いさんたちに、いつの間にか僕は包囲されていた。そう、今日のターゲットは僕。僕ひとりを相手に「公開尺のカットを説得するための会議」だったんだ。

 その時の僕は28才。ガイナックス社長とかプロデューサーと言っても、彼らから見たら息子より年下の青二才だ。
 反論の材料はなにもない。切ったら映画が死んでしまう、と言ってもムダだ。そういうことはわかり切った上で「切れ」と言ってるのだ。
 
 追い詰められた僕は、切り返しの言葉を考えた。切り返しだけじゃダメだ。本当に腹の底から言い切れる、信じられる事を言わないと納得もしてもらえない。
 じゃあ、僕にどこまでの覚悟があるだろうか?
 
 よし、ここまでなら言い切れる。
 僕はふんぎりをつけて、口を開いた。
「フィルムは切れません。一分も切れません」
「・・・」
「契約では納品が120分以内、となっています。王立の尺は119分50秒、契約は守りました」
「その話は前にも聞いたよ!」
「もしこれ以上、フィルムを切れとおしゃるのなら・・・」
 僕は左腕をまくり上げた。
「こっちの腕、切ってください。かまいません。左ですから。仕事に差し支えありません」

 冗談だと思うだろ?単なるハッタリだと思うだろう?
 でも違うんだ。そんなハッタリじゃ映画の宣伝屋は騙せない。映画館は繁華街、つまりヤクザたちの縄張りどまんなかにある。宣伝屋はそういう連中と時には切った張ったのやりとりをしている、まさしく興行界の顔役たちなのだ。
 このセリフを口にした時の僕は、完全に「その気」になっていた。もちろん、ちゃんと計算もしたよ。
 入院してる間の差配とか、親や家族への言い訳とか。
「切った後、すぐに病院に行けば神経すべては繋がらないにしても、動く程度には復帰するかなぁ」「Tシャツとか着る時、すごく不便だろうなぁ」とか、そんなことばっかり考えていた。

「お願いします。このまま、このまま公開させてください。腕、切ります。切ってください。でも120分で公開させてください!」
 僕は頭を下げた。そう、「男として」頭を下げた。
 カッコいい話じゃない。武勇伝なんかじゃない。
 最低のカッコ悪い話なんだ。
 
 相手の提案に妥協点も出せず、単にイヤって言ってるだけ。こんなのプロデューサーでも社長でもない。大人ですらない。単なるワガママなガキだ。ガキがいきがって「俺の腕を切れ」って叫んでるだけ。
 わかってる。その時の僕は本当に最低にカッコ悪かった。
「男として頭を下げる」というのは、本当に「頭を下げるしか誠意の見せようがない」という自分の無力さの表明だ。
 男として看板下げて生きていくなら、死んでもそんなことしたくないじゃないか。
 
「話にならんよ!」と宣伝会社の人は吐き捨てた。
「岡田さん、そういうのやめようよ、ね?」と山科社長は言ってくれた。
 でも僕は、聞こえないふりをしてひたすら頭を下げた。
 
 山科社長の長いため息が聞こえた時、僕は「勝った」と思った。
 でも僕は「男を下げて」勝ったんだ。交渉には勝ったけど、度量では山科社長に負けた。映画プロデューサーとして勝ったから、『王立~』は120分で公開させて貰った。
 でもあの日、僕は「男として」負けていた。
 「男として頭を下げる」というのは、僕にとってそういう意味だったんだ。
 
 2010年2月27日と28日、大阪と東京でオタキングexの第一回会社説明会が行われた。
 「ひとり夜話」からわずか一週間後だ。イベントの翌朝までに10人が説明会に問い合わせてくれて、三日で40人、そして当日朝までに60人を越える人数が応募してくれた。
 参加数150人の「ひとり夜話」で、翌週の日曜に来い、といきなり言われてスケジュールを空けられる人が何割いるだろうか?それを考えると60名は異常な人数だ。
 
 渋谷や難波の貸し会議室というのも、明るすぎてなんだか落ち着かない。
 とりあえず僕は、前回のおさらいをさらに整理して話をはじめた。
 
・オタキングexは会社であり、学校であり、家族である。
 会社だから仕事する。学校だから学ぶ。家族だから互いを信じて支え合う。
 会社や学校というのは受け入れやすいみたいだけど、「家族でもある」をよく吟味して考えること。
 逆に、会社みたいに無責任になっちゃいけない。学校みたいに主体性を放棄しちゃいけない。家族みたいに「毒づいても平気」「逃げられない」と思っちゃいけない。
 
・働いてもいい。さぼってもいい。
 普通の会社なら「働かない社員」はろくでなしの給料泥棒。でも我が社では「働かない社員=年間12万払ってくれるスポンサー様」。だから働きたい人だけ働いて、見学だけしたい人はご自由に。

・オタキングexは貨幣経済から評価経済へと進出した世界初の組織である。
 我が社の収益とは、「売り上げ」ではなくて情報室が計算する「評価貨幣」である。儲けなくてもいい。それよりは注目貨幣=アクセスを目指すこと。
 稼いだアクセスは会社にとっていわば「現金の流れ」。それを資産として蓄積するには評価に変換する必要がある。

・オタキングexは岡田斗司夫の思想をメソッド化し、普及させ、進化させ続ける。
 岡田斗司夫の思想はコアの方向性にすぎない。社員全員の参加でブラッシュアップし、常にアップデートする。
 思想のメソッド化・進化のために社内ネットが、普及のために社外ネットが必要になる。会社の総エネルギーの半分以上は、常に外部への普及のために使いたい。

・オタキングexは社員全員にオカダ姓を与える。
 家族であるから当然。同時に「互いのしたことには互いに責任感を持つ」ためにもこの制度を導入する。抵抗ある男子は、「女子は子供の頃からこう考えさせられてきた」ということをもう一度考えるべし。
 あくまで社内のみの「芸名」みたいなものだから、そんなに気にしない方が良い。実際には「銀座の」「バイクの」みたいな二つ名を与えるので、そっちを使う方が多いかも。
 今後、岡田斗司夫やオタキングについての悪評(マイナス評価)や、知られていない無名性(マイナス・アクセス)は我々全員が共有すべき「痛み」になる。

・オタキングexの社員は、個人と社内ネットが合体してはじめて「社員」となる。
 社員は入社した時点では、ただの不安な個人。でも社内SNSや先輩のサポートで「オタキングex」の社員へと変身できる。
 地方社員や時間的自由のない社員こそが我が社の基本。そのため、社内ネットの整備が我が社の第一目標。 我が社は電脳空間内に本社がある。ネットにアクセスすること=出社である。
 
・社員は入社金として一万円、年間所属費12万円をオタキングに払う。社長はこれを「岡田斗司夫らしく」使う。管理はオタキング。
 つまり、「給料の使い道について、社員は関知しない」ということ。これを積立金みたいに誤解してる人もいるけど、あくまで「参加費」だよ。

・有料会員より年会費1万円を集めて、これをオタキングexの企画費とする。管理は社員有志が行う。
 サーバの管理・運営や「ひとり夜話」などのイベント運営費はここから出費される。なので、会員が増えると「やれること」が加速度的に増える。

・その人の経済状況や納得度によって、参加方式はいろいろ。
 理念に共感して、いっしょに働きたい→社員
 面白そうだから、ちょっと関わりたい→有料会員
 お金は払いたくないけど、コンテンツは楽しみたい→無料会員

・常に奉仕は外向きに流れる。
 岡田斗司夫は社員にできるかぎり全ての時間を使う。
 社員は自腹で有料会員にサービスする。
 有料会員の支払う金を原資として、無料会員へのサービスに使う。
 無料会員の理解や学びが世界を向上させる。
 「社員は有料会員に奉仕」「有料会員が年会費払ってくれるから、無料会員に映像が配信できる」「無料会員がオタキングexのコンテンツやメソッドを理解し使いこなせば、個人は楽になり世界は良くなる」という仕組み。
 
・一日でも早く入社した社員は「兄さん」「姉さん」と呼ばれる。
 だからといって偉いわけではない。後輩の面倒を見るように。我が社は上に行くほど義務や仕事が多くなる。でも給料(負担金)は増えないのでご安心を。
 
・お互いを裏切らない。
 オタク集団や頭の良い集団は、本質的に客観的というか冷笑的な態度を取りがち。我が社ではこれを「悪癖」として排除する。日本が世界に誇れる二大オリジナル文化は「オタク」と「ヤンキー」だ。オタクの基本が「他者と関わりを持たない・避ける」であるなら、ヤンキーの基本は「兄貴、最高ッスよ!」である。
 そしてオタクとヤンキーが実は相性が良いのは、ヤン車にはディズニーやジブリグッズがあるのを見れば一目瞭然。
 我が社は積極的にヤンキー文化を取り入れる。すなわち「仲間は守る」「見捨てない」。
 社長は別に偉くないけど「無条件」に尊敬すること。このあたりは内田樹の『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)を参照すれば根拠がわかる。
 
・社長は社員の共有資産なので、私有や私用は許されない。よって社長との恋愛は御法度。発覚したら相手の社員はクビ。(社長は最大の資産なので手放せない)。クビの場合、年間支払金は返金しないので、そんな損な行為は絶対にしないように。
 
 ・・・以上、こんな感じで僕は説明を続けた。
 みんな熱心に聞いてくれる。笑うべきところで笑い、真剣に聞いて欲しいところではうなずいてくれる。
 
 では、そろそろ核心だ。
 
 世界の、人類の苦痛の0.3%を軽減するという。
 それがオタキングexの目的だ。
 では、いかにしてそれを成し遂げるのか?
 ダイエットやノート術で、果たして人類の苦痛の0.3%は減ったりするのか?
 
 正直、僕にはわからなかった。
 『フロン』を書いた時には、ずいぶん多くの女性から「気持ちが楽になりました」というお便りをいただいた。でも同時に「結婚するのが不安になった」という人も多かった。
 ダイエット本も、「痩せたらモテますか?」と聞かれて困ることが多い。「痩せるとモテない確率が劇的に下がる」とは言えるんだけど、モテる可能性なんかわかるはずがない。

 要するに、人は他人を幸福になんかできない。自分の子供すら、だ。
 子供の幸せを願うのは親として当然だけど、「幸せのために尽くす」「計画する」というのは全部的外れであり有害ですらあると思う。
 幸福とは自分で定義するしかない。
 親ができることは、我が子が自分の幸福を定義するための強さ、すなわち「自立」への協力しかできないのだ。
 
 だから、我が社も人類の幸福なんか目指せない。そんなの人類の構成員ひとりひとりが考えて決めるべきだ。
 でも、全員がそれを考えられるだろうか?果たして人類はそこまで「自立」してるだろうか?
 
 残念ながら「していない」と僕は考える。
 だから僕たちは人類を「幸せ」にはできないんだ。
 「自立への援助」しかできない。
 そのための思考ツールの提供、考え方が効率よくなったり楽になったりするメソッドの提供。
 僕の考えやツールが完璧なはずがない。だから優秀な人、たとえば「年間12万円払って、おまけに働こうという余裕のある人」を集めて、思考法を改良してツールを開発して、矛盾点やバグを洗い出さなくちゃいけない。
 
 とりあえず具体的な目標なら決まっている。
 まずは社員。第一期の目標は150人、つまり「ダンバー数」だ。
 そして会員の目標が3万人。社員の200倍だ。
 さらに無料会員が全世界で2000万人、すなわち会員の600倍。
 これで60億人の人類の0.3%にはなる。
 
 でも、こんな計算は単なるトンチだ。
 意味はない。
 僕は「人類の苦痛の0.3%を軽減したい」という欲求を持っている。
 でも、僕にあるのはその欲求だけなんだ。
 それ以外は、なんとか補助線やガイドラインは引けるし、「たぶんゴールはあっちだ!」と言うことはできる。でも、それしかできない。
 そこから先は、他のみんなにやってもらうしかない。
 
 その日、僕はいままでで一番の勇気を絞った。
 もう二度とやりたくない、と思ったことをした。
 
 僕はみんなの前で、入社説明会に来たみんなの前で、頭を下げた。
 「男として」頭を下げた。
 
「僕はこの世界の苦痛の0.3%を無くしたいと思います。なんとかなると信じてます。自分ならできる、と信じています。でもひとりではできません」

「お願いします」

「僕を助けてください」

 僕は深々と頭を下げた。
 そう、ノープランだ。
 どうやって0.3%の苦痛を軽減するのか、現実的な解答は僕にはなかった。
 だからあの日と同じ、あの映画の日と同じく、「男として」頭を下げるしかなかった。
 
 僕は政治家が大嫌いだった。有権者に「お願いします」「男にしてください」と頭を下げる情けない人種。
 当選したら急に態度がでかくなって、選挙が近づくとまた米つきバッタみたいに「お願いします」「助けてください」と頭を下げる。
 恥を知ればいいのに。
 
 その政治家と同じ、いやそれ以下の頭の下げ方だった。
 政治家にはマニフェストもあれば公約もある。
 でも、僕にはなにもない。
 「やりたい」という気持ちしかない。
 「120分の映画を1分も切れない」というガキみたいなワガママしかないんだ。
 
 くやしい。カッコ悪い。
 でも、いきなり拍手が起きた。
 驚いた。
 顔を上げようと思ったけど、あげられない。
 当たり前だ、いまあげたら泣いてしまう。
 男を下げて頭下げて、それで拍手して貰ってさらに泣く?
 そんなカッコ悪いこと死んでもできるもんか!
 
 みんな、どんな気持ちで拍手してくれてるんだろうか?
 考えたらダメだ。もっと困ってしまう。
 そうだ、「してやったり」とか考えよう。
 「これでみんな、感動して入社してくれるぞ」とか。
 無理に笑おうとしたけど、余計に顔がクシャクシャになっちゃった。
 
 涙の発作が収まってから、平気な顔をして顔を上げたよ。
 でも、声は微妙に震えちゃった。
 ああ、死にたいほどカッコわるい。
 
 僕にとって生涯二度目の「死にたいほどカッコ悪かった日」だ。
 でも、その日のことを思い出すと、いまも、ほら、その、なんだ。
 へへへ。最高の日だったかもね。


 今日はここまで。
 続きは明日、「レコーディングダイエット2.0のススメ」でね。
 
 今日のBGMは『上を向いて歩こう』だよ。

 
 
 そう。すべてはFREEの世界へ向かっているんだ。
 新サイト、あと三日ではじまるよ。

  


Posted by 岡田斗司夫 at 00:29

すべてはFREEに向かう(回天編)

2010年03月27日

 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
 最初から読む場合は、「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ 2010/03/16からスタートしてください。
 
 
 
 twitterを奨めてくれたのは週刊アスキー編集者の矢崎氏だ。彼の薦めでiPhoneまで買ってしまった僕はすっかりtwitterにハマってしまった。140文字という制限は僕らのように原稿表現を生業にしてる身にはかえってやりやすい。
 「言いたいことを、最初に思いついたフレーズにこだわらずに短く言い換える」
 たったそれだけのことだからね。
 
 ハマった僕は新しい遊びを考えた。
 twitter公開読書だ。読んだことのない本を初見で読みながらtwitterで「つぶやく」。余裕があれば自分の感想も書くし、質問にも答える。
 
 面白そうだ。やってみよう。
 題材として選んだのが、本屋で青い表紙が気に入った『FREE』という分厚い本だった。

 さっそく公開読書の企画をブログやtwitterで呼びかけ、僕はぶっつけ本番でつぶやきながら『FREE』を読んだ。
 結論から言うと公開読書は大成功だった。
 なによりすごいと思ったのは、みるみる参加者が「教育」されていくということ。質問を投げ合い、お互いに答え合い、すでに読んだ人が解説し、未見の人は我慢できずにその場でamazonを「ポチッ」として報告する。
 そのダイナミックな知的狂騒状態は、参加した者の「知的姿勢」をあっという間に矯正し、教導する。すなわち「進んでいる者」が「理解しきれない者」に教え、教えることによって自らの理解をさらに深めるのだ。
 twitterというのは教育媒体としても、また集合知としてもこんなに使えるものだったのか!
 
 僕はびっくりし、興奮した。
 だけど同時に落ち込み、大いに悩んでしまったんだ。
 
 『FREE』(NHK出版 クリス・アンダーソン)はいま、経済界を震撼させている怪物本だ。「料金を取らないことでお金を稼ぐ」という同書で書かれたコンセプトは、いままでもあったけれど概念としてまとめて提出されると、驚くべき明日の世界を見せてくれた。
 くわしくは同書をぜひ読んで欲しい。
 とりあえず僕は考え込んでしまった。
 僕が書いている本、その内容は「情報」だ。情報はFREE=無料になりたがる。ここから考えると著作で喰っていくというのは今後、ますます難しくなるだろう。
 もちろん、それでも大ヒット本は登場するだろう。でも大ヒットを出した人しか喰えないような業界は間違っている。
 「1.儲からなくてもやる人」「2.なんとか喰えるからやる人」「3.儲かるからやる人」、以上3種類の人が混在してこそ産業は活性化する。3の人はすでに抜けて、2の人がどんどんいなくなっていく。いま考えている出版という産業は、たぶんあと10年以内に数分の一に縮小するだろう。

 どうすればいい?
 考えたよ。それこそ必死になって。
 自分の書いた本の一部を無料で配布して、残りを売るとか。こないだも書いたように講演やセミナーで喰っていくことも考えた。
 そういえば取材先のライターや編集者が次々と転業・廃業したり、やたらと出版点数を増やそうしてるんだよね。それを聞いたある放送関係者は「まるで沈没船から逃げるネズミですね」と評した。無神経なセリフには怒るよりも「事態はそこまで来てるんだよなぁ」と思ったけど、「お前の業界も3年遅れで同じ波が来るんだぞ」と言い返してやった。
 
 でも、前にも書いたとおり講演やセミナーは「違う」気がする。
 とりあえず2009年末の僕は、もう本当にひたすら考え、悩んでいた。

 そんな時、以前から企画が進んでいた小飼弾さんとの対談話が急に具体化した。
 単行本化を前提にして、二人でなんでも話し合ってライターの方にまとめて貰う。
 2010年の1月26日(火)、僕の事務所で対談の第一回目は楽しく終わった。
「今度はぜひ、小飼さんの部屋でやろう!」と約束した。

 2月14日(日)、大阪で「ひとり夜話」のトークイベント。その夜、僕は「これからのひとり夜話の方向性を考えている。もっと参加者の負担にならない方法を模索している」と話した。
 正直に言おう。僕はその夜、明確なプランは持っていなかった。
 「ひとり夜話」の収録DVDを1枚2000円ぐらいで売ろうかな、とか考えていただけだ。または会員登録したら1000円程度でダウンロードできるとか。
 それでもとりあえず、毎月スケジュールを合わせて新宿や難波に来るよりは参加者の負担はずっと減るに違いない。その程度の未来を考えていた。
 
 でもね、やっぱり不安だったよ。
 これが「FREE」の回答なのかって。
 こんな普通の、ファンクラブや有料セミナーもどきのアイデアで新時代へ行けるんだろうか?
 
 普段、人に相談などしない性格の僕も、その頃はとことん弱気になっていた。
 おまけに、目の前にはとんでもなく頭が良い成功者がいるではないか。
 2月16日(火)の夜、東京のど真ん中、超高層マンションの最上階ペントハウスにある小飼邸からは、どこまでも美しい東京の夜景が広がっていた。
 対談は無事に終わり、僕は思いきって「小飼さん、ちょっと僕の相談にのっていただけませんか?」と切り出した。
 
 小飼弾氏は笑顔で僕の話を聞いてくれた。
 相談というのは、話を聞いて貰えば9割終わっている、というのが僕の持論だ。
 今回の相談にしても、僕は何度も自分のノートにまとめていた。僕の持論からすれば、すでに回答はその中に隠れているはずだ。
 しかし「自分の都合のいい回答」のみを求める僕は悩みの迷路に迷い込み、小飼氏からなんでもいい、ご託宣をいただこうとしていた。
 
 おねがい、ダン。教えて!
 どうすれば僕も、こんなカッチョいいマンションの最上階でお金に悩まずに暮らせるの?
 
 しかし小飼氏に説明しようと話す僕の口調は、どんどん愚痴っぽくなってしまった。
「会員制のサイトを自分でやろうとチャレンジしたけど、よくわからない」
「ひとりテレビのネット配信、よくわからない」
「若い人が自分よりずっと気楽に上手く映像配信などやってると、劣等感で自分に腹が立つ」

 小飼さんは「僕もそういう映像系の会員サイトを運営したことはないからよくわからないけど」と前置きして、こう答えた。

「岡田さん、それ誰かにやらせたら?」
「え?」
「岡田さんのやろうとしてることは『ビジネス』でしょ?ビジネスの定義は『自分でやらずに人にやらせる』ですよ」
「つまり、どっかに発注しろ、という意味ですか?」
「いや、そんなの関係ない。『誰か』にやらせるんですよ」

 小飼氏のサジェスチョンは明快だった。それまでの僕は「どうやって?」だけを考えて、全部自分がすることばかり考えていた。
 そうではなくて「誰が?」だけを考える。「どうやって?」は任されたそいつが考えればいい。
 
「でも、誰にやらせるんですか?」
「呼びかけて集めれば、タダ働きする奴はいますよ。岡田斗司夫ですよ。大丈夫」
「いや、そんなの無理ですよ!」
「昔、SF大会でやってたじゃないですか。きっといっぱい集まりますよ。弟子を取ると思えばいいんです。タダ働きどころか、弟子なんだから月謝を取ってもいい」」

 小飼氏は楽しそうに「弾言」した。
 丸め込まれたような気分で、僕は納得してしまった。
 
 いや。
 しかし。
 やっぱりダメだ。
 でも。
 ひょっとすると。
 違う!
 待てよ。
 
 帰りの地下鉄で僕の頭の中はぐるぐる回転した。
 よくわからないけど、ここに解答がある気がした。
 
 事務所に帰っても、頭の回転は止まらない。
「人にやらせることが『ビジネス』の定義」
「弟子なんだから月謝取ってもいい」
「SF大会と同じ」

 小飼氏の言葉を中心に、いろんな考えやアイデアのツリー構造が集まって結合する。
 しかしその結合は脆く、少しの矛盾であっというまに空中分解し、また新しい結束点を探し出す。
 
 仮説。
 仮定。
 問いかけ。
 自信。
 不安。

 まず、いままで悩んでいた事や「やるべき」と思いこんでいた事を思考停止する。「頭の棚」にしまって見ないようにする。
 フラットに考えてみよう。
 果たして僕はなにを望んでいるのか?
 どうすれば満足するのか?
 
 小飼さんのペントハウスのような生活か?
 大ヒット作家のように「新作を待ち望み、買い漁ってくれるようなファン」が大量に欲しいのか?
 
 ああそうだよ。もちろん欲しいとも。
 でもそれだけか?よく考えろ。
 思い出せ。
 マイケル・ジャクソンのことを。

 そう、マイケル・ジャクソンを思い出せ。
 忘れたのか?
「人類の苦痛の0.3%を削減する」
 著作も活動も、すべてその目標にあるはずなのに。
 人より自由な生き方も、気楽に見える人生も、すべて「その報酬」の前払いにすぎない。
 なのに、僕はいつのまに自分の目的を見失って「生きていく」「喰っていく」ことだけ考える奴になっちゃったんだろう。
 
 ああ、そうだ。
 ガイナックスをやめたとき、「もう二度と誰かと仕事するのはやめよう」と思ったよ。
 別に誰かに裏切られたわけじゃない。
 でも、やっぱり「ひとりが気楽だ」と思ったのは本当だ。
 
 でも、その後も会社を作ったし、共同プロジェクトもやった。
 柳瀬君たちとオタキングを運営し、海洋堂と食玩を作った。
 けっきょく、仕事というのは「誰かと」するものなんだよな。
 
 人間不信。
 使命感。
 整合性。
 原点確認。
 事例調査。
 分類→仮説→検証→仮定→外挿→実験方法→思考実験。

 
 こう言う時、考えるのを止めてはいけない。脳内の沸点を下げてはダメだ。
 まだ冷却凝固させなくてもいい。さらなる化学反応を起こすには、「落としどころ」すなわち結論を探してはいけない。
 
 考えろ。
 疑え。
 思い出せ。
 信じろ。
 もっと思考を、もっと論理を。
 信念に頼るな。自分を思い出して「絶対にできること」だけで構造を作れ。
 自分の決心を信じるな。自分の行動のみを根拠にしろ。
 考えろ。
 脳内温度を下げるな。
 もっと熱量を!
 
 考えれば考えるほどアイデアが沸いてきた。
 深夜、ノートに向かいながら僕は愉快でしかたなかった。
 自分で書いた文字に、単語に、文章に自分で惚れることができる。
 
 論理は、とてつもない長い旅を終えた論理は、最後にやっと感情にたどり着いた。
 
 できる。
 やれる。
 やりたい!
 僕はこの仕事がやりたい!!
 
 こんな楽しいのはいったい何年ぶりだろう。
 いつの間にか僕は、声を出して笑いながらノートを書いていた。
  
 
 今日はここまで。
 明日は日曜だからブログはお休み。
 続きは月曜に「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」で。
 
 
 そう。すべてはFREEの世界へ向かっているんだ。
 オタキングex、あと六日ではじまります。

 今日のBGMは「アンパンマンマーチ」だよ。


  


Posted by 岡田斗司夫 at 15:02

すべてはFREEに向かう(巡航編)

2010年03月26日


 すいません、ちょっと体調崩しました。
 ブログ更新は一日、お休みします。

 明日、この場所でもう一度チャレンジします。
 とりあえず寝ます。
 ぐ~
  


Posted by 岡田斗司夫 at 23:04

すべてはFREEに向かう(上昇編)

2010年03月24日

 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
 最初から読む場合は、この日記からスタートしてください。




 マイケル・ジャクソン
 
 彼は僕と同い年、1958年に産まれたポップ・シンガーだ。
 マイケルは自身の集大成となるワールド・ツアー『THIS IS IT』の公演2週前にロサンゼルスで死んだ。
 死後、そのツアーリハーサルの映像が編集され、日本でも劇場公開された。
 その映画、マイケルの『THIS IS IT』を僕はこの正月に吉祥寺の映画館で見た。
 1月2日の深夜2時だった。
 
 お正月の深夜2時にもかかわらず、映画館はほぼ満席だった。
 冒頭、世界中から集められたダンサーへのインタビューから映画ははじまった。
 
「マイケルの前で踊れるなんて夢みたい」
「おい、信じられるかい?俺は10歳の時から、ずっとこの日を待っていたんだぜ!」
 彼らダンサーは『THIS IS IT』ツアーのオーディションのため、文字通り「世界中から集められた天才たち」だ。
 そう、ダンスなら誰よりも上手く、おそらく各出身国のベスト中のベスト、まさしくNo.1と呼ばれるスーパータレントたち。そういう「天才」は自我が強くプライドも高い。自分こそ世界一、と思ってる人種なのだ。
 そんな彼らが、マイケルの前で踊れる、オーディションを受ける直前のインタビューで感動を隠せずにいる。みんな紅潮する頬を涙でぬらし、感動のあまり言葉にできない者もいる。
 
 そこらのファンじゃないんだよ?
 「世界一」の天才たちが、たかがオーディションで、50才を越える大御所の前で踊るだけのはずなのに。若くて才能にあふれた彼らの方が、年齢的には初老のマイケルよりもずっとダンスが上手いはずだ。
 しかし彼らは、発表の順番を待つあいだ緊張し、興奮し、そしてこの日を迎えた自分を祝福する。
 
 そう、彼らにとってマイケル・ジャクソンは、単なる「業界の大物」じゃない。
 彼らにチャンスを与えたり奪ったりできる、セレブでエクゼクティブな「音楽業界のトップ」なんかじゃないんだ。
 彼らと同じ一介のダンサーでありパフォーマー、ミュージシャンとして「圧倒的な差で追いつけない存在」として彼らが眩しく見上げる存在。
 それがマイケル・ジャクソンだ。
 この冒頭インタビューはかなり長く、映画の半ばにも何度も挿入される。
 
 ちょっとふしぎに思った。
 正直な気持ちで言えば、「マイケル・ジャクソン?ああ、むかし流行ったよね。もう古いんじゃないの?」というのが映画を見る前の感想だったから。
 だから画面でダンサーたちの興奮や感動は「わかるんだけど理解できない」というレベルだった。
 しかしその後、リハーサル風景が画面にでると僕たち観客は「なぜ彼ら天才ダンサーたちが、かくもマイケルを尊敬し畏れるのか?」を思い知らされることになる。
 
 違う。
 圧倒的に「なにか」が違う。
 
 マイケルが軽く手を広げると、手のひらに観客の視線が集中する。
 右足を後ろに一歩引くと、僕たちはマイケルを見逃すまいとかすかに目を見張る。
 注目を、観客の視線を、その向こうにある観客の感情をマイケルはわずかな動きで自由自在に操る。
 マイケルは小柄だけど手のひらが大きい。そんなことにも気づかされた。
 あの手のひらを広げたり握りしめたりするだけで、どれだけ多彩な表情が生まれるというのか。
 
 若いダンサーが華麗に宙を舞う。激しいダンスを見せても、観客の注意は舞台の右手でゆっくり踊るマイケルに「ちょうどいい配分で」注がれる。
 「俺を見ろ!」ではなく「観客はいま、どこに注意を向けるべきか」を舞台上のたった一人のパフォーマーがコントロールしている。
 
 マイケルがボーカルの女性に助言する。
 彼女もまた「世界最高のパフォーマー」だ。
 しかしマイケルは「ううん、君はこうすべきだ。君にはできる」とアドバイスし、隣でいっしょに歌う。
 マイケルとユニゾンしながら、彼女が自身の限界を超えていく瞬間。その驚きの表情。マイケルの「ね?できただろう?」というイタズラっぽい笑顔。そして開放された彼女の歌声。
 奇跡の瞬間をカメラは捉えた。
 ダンサーも、ミュージシャンも、照明やカメラマンたちも、マイケルの近くにいると魔法のように「いままで以上の自分」を発見する。
 触れるものすべてを黄金に変えるマイダス王。
 それがマイケル・ジャクソンだった。
 
 天才なんてもんじゃない。
 ダンスが上手いというレベルではない。
 言葉にはできないそれ以上、マイケルは「この世界に現出した奇跡そのもの」なんだ。
 
 いったいなにが違うというのか?
 マイケルと「その他の天才たち」との差は、なんなんだろう?
 映画が進むにつれて、徐々にわかってきた。
 そうか、マイケルには「伝えるべきこと」「言いたいこと」があるんだ。
 他のダンサーは「上手く踊りたい」とか「自分を表現したい」で手一杯。もっと上手くなるとようやっと「自分の内部の情動を表現したい」になるんだけど、そこ止まり。
 しかし、マイケルには「表現したい内容」がある。
 具体的には、映画中盤で見せられるいくつかのミュージック・クリップ。環境破壊や熱帯雨林伐採に歌で抵抗するマイケルの思いが、映像や歌詞やインタビューで語られる。
 僕はそこで納得して、ひと安心した。
 なるほどね、「なにかやる男」というのはやっぱり違うもんだね。
 
 映画はツアー用の特別映像やステージの練習風景にうつり、僕はリラックスして映画を楽しんだ。もうその頃になると、映画館の観客たちはすっかりマイケルの信者だ。
 それまで世間で伝えられてきたマイケルの奇行やスキャンダラスな事件など、そういう風聞を信じた自分が恥ずかしい。だってマイケルって、本当にすごいんだもの!
 お正月の深夜の映画館は、僕を含めてそういう「にわかマイケル信者」でいっぱいだった。
 
 しかし、映画のクライマックス近く、いよいよツアー開始が近くなったのでスタッフ全員が手を繋ぐ場面。
 数十人のスタッフが輪を作り、隣の人と手を繋ぐ。
 マイケルは「みんな僕の家族だ」と言う。泣いていたあのダンサーも、あのボーカル歌手もいる。来月からのツアー開始を前に、それぞれの意気込みや仲間への感謝の言葉を口に出す。
 感動的な、マイケルのスタッフたちが心が繋がっていることがわかる、いいシーンだ。
 マイケルの隣にいるのはギリシャ人のプロデューサー、マイケルが誰よりも信じてパートナーに選んだケニー・オルテガがいた。
 オルテガはマイケルの親友であり、兄であり、一番の理解者だ。彼がみんなに感謝の言葉を言う。
「ありがとう。きっと僕たちのツアーは大成功する。すばらしいツアーになる」
 人の輪を作っているスタッフたちは、うなずく。涙を流して強くうなずく。
「じゃあマイケル、みんなに言葉を」
 オルテガにうながされて、マイケルが発言した。
 
「いま地球は危ない。本当に自然が破壊されてしまう直前まで来ている」

 え?と僕は思った。
 いま、その話?
 マイケルってKYの人?
 
「僕たちのツアーはできる。地球を救うんだ。地球の環境破壊をやめさせて、自然を回復しよう。世界中にこの運動を広げよう。4年あればできる」
 画面に映ったスタッフたちも、なにか居心地が悪そうだ。ダンサーや音響さん、オルテガなどのスピーチでは強くうなずいていたみんなは、とりあえず下を向いてマイケルの話が終わるのを待っている。
 
 そりゃそうだろう。
 だってマイケルは「みんなのツアー」の話をしていない。「自分の目標」の話をしてるだけだ。
 でも「みんなの夢」はそうじゃない。素晴らしいツアーを成功させること。マイケルと並んで踊ること。その向こうにはさらなる自身のキャリアや未来。
 なによりもマイケルの話には無理がある。環境破壊を止める?
 だって歌だよ?コンサートツアーだよ?
 「環境破壊をやめるように訴える」ことはできるだろう。
 そういう運動のテーマソングにすることだって可能かも知れない。
 
 でも、たかがミュージシャンの歌で、環境破壊を止めたり、自然回復を4年以内になしとげる、そこまでの力はない。
 それが現実だ。
「僕の歌が環境破壊を止める力になれたら」
 これならわかる。理解の、理性の範囲内だ、
 でも「僕の歌で地球を救う。4年以内に。僕たちにはできる」、そんなことを本気で言い出したとしたら、その人は狂っている。
 たしかにマイケルのミュージック・クリップには、彼の歌のパワーで熱帯雨林が復活するSFXシーンがあるけど、あれは合成だ。特撮なんだ。
 それが理性だ。それが現実なんだ。
 
 だから、マイケルのスピーチが終わると映画は次のシーンに切り替わった。リハーサルが続き、マイケルの日常も映された。
 素晴らしいツアーにしよう!
 スタッフの思いが一つになっていく。
 
 しかし映画はラストになって、マイケルの死が報じられる。
 映画の中でファンたちは泣き叫び、吉祥寺の映画館でも客席から嗚咽が聞こえる。
 なんて可哀相なマイケル。
 すばらしいツアーになるはずだったのに。
 あんなに素敵な、マイケルを尊敬して愛しているスタッフに恵まれていたのに。
 あんなに天才で、才能もお金も愛情も、誰よりも持っていたのに。
 
 映画館の観客たちは感動し、泣いていた。
 栄光に包まれた、しかし不幸な天才アーティストの死を悼み泣いていた。
 
 しかし、僕は泣けなかった。
 僕は怖かった。
 マイケルの人生は失敗だったと知っていたから。
 彼はなにひとつ得られず、この世を去ったことがわかったから。
 
 みんな信じちゃいない。
 マイケルの目標を。「この地球を救う」を。
 あれほどマイケルに心酔していたダンサーやシンガーたちも、誰一人本気で信じていない。無二の親友オルテガをはじめ、スタッフたちは誰一人「世界を救える」なんて信じちゃいなかった。
 映画館でマイケルを見て泣いている観客も「マイケルっぽい理想論だね」とスルーした。
「マイケルは純粋だから、そんな夢を持っているんだ。僕たちはそんなマイケルが大好きなんだ」
 そう考えていたんだと思う。
 でも、マイケルはそんな絵空事みたいな夢じゃなく、本気で、本当に、この4年で世界を環境破壊から救うつもりだった。「夢」じゃなくて具体的な「目標」だったんだ。
 
 あれほど彼を尊敬し、愛してくれたマイケルの「家族」や「仲間」たち。
 マイケルの死を悼んだ世界中のファンたち。
 その中で、いったい何人が「マイケル、口惜しいよな。もう少しで世界を破滅から救えたのに。環境破壊を止められたのに」と彼のかわりに嘆いてくれただろう?

 そうか、だからマイケルは子供が好きだったんだ。
 子供なら、マイケルの目標を信じてくれる。
 マイケルが「世界を救おう」と言った時に心から信じてくれるのは子供だ。
 だからマイケルは、子供たちが好きだったんじゃないだろうか。
 なんて可哀相なマイケル・ジャクソン。
 
 彼は誰にも理解されず、なにひとつ人生の目的を果たせず、世界の破壊を止められないまま世を去った。
 彼にとって、彼の人生は敗北だった。
 栄光と愛と美に包まれていた、と人は言うかも知れない。
 でもマイケルはきっぱり、ノーと言うだろう。
「世界を救うことだけが僕の望みだった」と。
 
 僕?
 僕も信じちゃいない。
 マイケル・ジャクソンが歌で世界を救えるなんて。
 
 でも、僕にはマイケルの口惜しみがわかるよ。
 僕もマイケルと同じ、狂った男だから。
 僕はマイケルと違う。
 天才じゃないし、才能もない。
 トークの才能や文章力は、ある程度ある。
 でもマイケルのように世界中の人を感動させるような表現力はない。
 
 だから僕の「狂った目標」はマイケルよりはずっとささやかだ。
 それでもマイケルと同じく、その目標が達成されない限り、僕の人生は無意味だ。
 僕の目標は・・・
 
 う~ん、恥ずかしいなぁ。
 笑われるだろうし、信じてもらえないだろうし、絶対にバカにされるだけだ。
 明日。明日まで待って。この続きは明日にしよう。

 今日はここまで。
 じゃ、明日は「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」でね。

  


Posted by 岡田斗司夫 at 17:15

すべてはFREEに向かう(離陸編)

2010年03月20日

 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
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 お金のことを書こう。
 
 お金のことを書くのは、あんまり上品な行為だとは言われない。
 でもやっぱり、この部分にも本音は隠れている。
 ここを隠したりアイマイにしたら、ちゃんとした説明にはならないんだよね。
 だからあえて、お金のことをちゃんと書こう。
 
 本が売れない時代だ、と言われている。
 知り合いのライターや編集者が次々と仕事をやめて、副業をはじめたり業界から消えていったりする。
 とりあえずどっかの大学か専門学校の講師になれれば喰える、とそっちにシフトする人も多い。
 無理もないよ。だって単行本の初版が5000部とか、ひどい時には3500部と言われてるんだから。
 
 評論系の本は書くのに時間がかかる。取材もするし、資料も買いそろえなきゃいけない。関係者に地道なインタビューだって必要だろう。
 書くのに1年はかかってあたりまえ。ヘタしたら2~3年という話も珍しくない。
 で、出版社からは「評論系は売れないんですよ」とイヤミを言われながらなんとか出版したとする。
 定価は1300円ぐらいだろう。それ以上だと売れないから。
 印税は10%で一冊130円。初版が運良く5000部で、合計手取りが65万円。初版が3500部だったら、45万5千円だ。
 一年かけて必死で書いて、50万円前後。
 
 売れればいい?
 いやいや、売れてもノンフィクションは3万部行けば大ヒットと言われてるんだよ。
 3万部でも390万。毎年一冊、大ヒットを出し続けても年収は390万円なんだ。
 年収390万は安くない?
 いや、読み返してくれたまえ。
 「毎年大ヒットを出し続けたら、年収390万円」なんだよ。
 毎年大ヒットを出し続けることができたら、その人はかなりの天才だと思わない?
 そんな人ですら、この程度しか稼げない。
 それが出版界の現状なんだ。
 
 そんな時代でも、僕はずいぶんと恵まれているほうだと思う。
 この15年ずっと、書き下ろしの依頼も途切れずにあるし、連載の単行本化も進んでいる。
 新聞の連載だって4月から一つ増える予定だ。
 でもね~、これがいつまでも続くとは思えないんだ。
 だから、以前からずっと、僕は「本を書く」以外の収入源を模索していた。
 
 事情通に言わせると「本は名刺代わり。講演会やセミナーで稼ぐ」ということになる。
 たしかに講演会は割がいい。
 60~90分喋るだけでウン十万円だ。
 
 ところがね、ここだけの話、セミナーはもっと儲かるらしいよ。
 100分程度のセミナーで2万円ぐらいは当たり前。それを4回で1セットにして合計8万円。セミナーに50人来れば、あっというまに400万の売り上げが立ってしまう。
 マジメに毎年ベストセラーを出すのと同額が、セミナー1セットで稼げちゃう。
 売れているもの書きなら、参加者は100人を越えるかも知れない。
 セミナー1セットで800万。年間で10回シリーズを転がせば、それで8000万の売り上げだ。
 すげえ!とんでもなく儲かる!!
 
 いや、まだまだ上には上があるんだよ。
 直接、参加者を呼ぶタイプのセミナーではなく、CDやビデオ素材を定期購読させる「通販型セミナー」だったら、利益は天井知らずだ。
 CDやDVDプラスちょっとした冊子の教材を毎月送付して、年会費が10万~20万。その他、特別セミナーや特訓ゼミなどという名の4~10万円するコースをどんどん受講させる。
 ネットでちょっと調べただけで、こういうビジネススクールやセミナーがすごく増えているのがわかるだろう。
 不景気だからこそ、ビジネスマンは自分磨きに熱心だ。いま経済的に余裕のある人には、そういういわゆる「セミナージプシー」になっちゃってる人もあんがい多い。
 
 こういう商売に鞍替えすれば、年収は軽く億を超える。
「岡田さんぐらいテレビに出ている人なら、セミナーをやればすぐに儲かりますよ」
 そう言われたこともある。
 
 正直、その時は心が動いたよ。
 だって「年収は億」だよ。
 僕は子供の頃、貧乏だった。晩ご飯のオカズが漬け物だけだったり、きな粉と砂糖だけだったことも毎週のようにあった。
 だから貧乏がどんなものか、人よりは知ってるつもりだ。
 「いつまでもデブと思うなよ」が53万部売れたとはいえ、半分は税金に持っていかれるんだ。いや、それ以前の借入金の返済で、とっくの昔になくなっているよ。
 
「なにをバカ正直にいつまでも文章書いたり、入場料2000円のイベントで3時間も話してるんですか?もっと効率よく儲けなきゃバカじゃないですか?」
 そう言われた時、正直な話、僕は「そうか、儲けなきゃバカなのか」と思った。
 
 でもね、そういう仕事は楽しくない。
 ダイエットの講演もセミナーも、やろうと思えばできるだろう。
 たしかに儲かるかも知れない。
 でも、楽しくない。
 
 きれい事は言いたくないよ。
 お金は嫌いじゃない。大好きだ。
 贅沢は好きじゃないけど、預金通帳に金額が増えるのを見るのは大好きだ。
 でも、お金を儲けて何をするのかというと、僕は本を買ったりオモチャを買ったりするだけだ。新しいパソコンを買うかも知れない。でもそれだって、仕事に使うに決まっている。
 「寿命があと一年だったら何をしますか?」という質問があるけど、僕の答えは簡単だ。
 昨日と同じく仕事をする。
 このブログを書いて、近所のスーパーで食材を買って自炊して、録画したアメトークを見て「最近つまんないなぁ」と文句を言う。
 つまり、これが僕の人生なんだ。
 長年かけて作り上げた、僕という人間そのものの行動パターン。
 これが僕は気に入ってるんだ。
 
 お金の多寡で変わるのは、ブログを書く時のパソコンと、買い物に行くスーパーの食材コーナーと、アメトークを見る時のテレビのサイズ程度。
 お金ってそれだけのものだと思う。
 外食する時は贅沢するかもしれない。
 でも贅沢な外食ってカロリー高いだろうし、そんなに毎日食べたいようなもんじゃない。
 こないだハワイに行った時はエコノミーだったけど、それがビジネスクラスにできるぐらいかな?でも海外旅行だって年に2回もやれば充分だ。
 だいたい、ハワイに行ったのだって仕事をするため、カンヅメに自分を追い込むためだ。
 ハワイで仕事するのは楽しかったぞ。
 
 そう、楽しかった。
 人生で楽しいことは、お金を使うことじゃない。
 やりがいのある仕事。
 自分が誇れる仕事。
 それがないと、いくらお金があってもけっきょくは「生き甲斐」や「誇り」をお金で買うことになっちゃう。
 それはあまりにカッコ悪い。
 
 そんなことを考えて、僕はけっきょくダイエットのセミナーとか通販とか、そういうのはやらずじまいだった。
 
 じゃあ、と話は最初に戻る。
 僕はどうやって喰っていけばいいんだろう?
 出版は限界に来ている。
 テレビの出演?ギャラは出版より安いよ。
 若くて僕よりもずっと最新のマンガやアニメに詳しい人もワンサカいる。
 僕の出番は減る一方だろう。
 
 だからぐずぐず言わずに、セミナーとかやって稼げばいいじゃないか!
 そう自分を叱りつけたこともある。
 
 さんざん考えて、ようやっと出た結論は「まず、どういう人が僕のお客さんなのか知りたい」だった。
 とりあえず、「ひとり夜話」に来てくれる人はどんな人なのか?
 このブログを読んでくれている人は、どんな人なのか?
 
 マーケティング、という行為ができるような専門教育は受けていない。
 ただ、勘みたいなものが働いた。
 「どうやって稼ごう」以前に、いま現在僕に対してお金や時間を使ってくれている人、一人ひとりの顔がまったく浮かんでこない。
 「お客」「ファン」というラベルの向こうに隠れて、一人ひとりを見ずにずっと仕事してきたんじゃないか?
 どんな人が僕の話を聞いてくれてるのか知らずして、セミナーなんてオレはバカじゃないの?
 
 そう考えたから、このブログで「岡田斗司夫とメール交換しませんか?」というプロジェクトをはじめたんだ。

 ブログで呼びかけたら、反響は凄まじかった。
 あっという間にメールの受信フォルダは未読であふれ、僕は毎日毎日メールを読んで返事を返すだけの日々を繰り返した。

 いろんな人がメールをくれた。
 はじめて知ることばかりだった。
 実はかなりの主婦が、僕の本を読んでくれていること。
 10年前にハマって読んで、また数年前から読み出したというパターンが多いこと。
 そんなメールを見て、「う~ん」と考えちゃったよ。
 みんなやりくりして給料やバイト代や家計から僕の本を買ってくれる。
 だから無料のGyaOジョッキー版「ひとり夜話」をどんなに楽しみにしてくれたか、たくさんのメールに教えられた。
 東京や大阪で毎月イベントやって、僕としては「3時間で2000円のイベントだからお得だろう」「オレも頑張ってるよな」と思っていた。
 とんでもない。
 まず東京や大阪に行けるだけで、そいつは地理的に特権階級なんだ。
 普通、そんなところには行けない。
 スケジュールが合わない。
 交通費や宿泊費を考えると、お金の余裕がない。
 休日に家を空けるなんて、家族の賛成が得られない。
 
 なんて僕はバカだったんだろう。
 そんな人たちに向かって「タメになるから一回4万円の僕のセミナーを受けなさい」と言えるはずがないじゃないか。
 
 それにね、セミナーって実は役に経たないと僕は思っている。
 だって、その理由は・・・
 というわけで、いよいよ話は核心に入るよ。
 
 でも、今日はもう充分。長すぎたよね。
 続きはまた来週にしよう。
 明日は日曜でその次は祝日だからブログ更新はお休みします。
 この続きは3月23日(火)に「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」でね。
 良い週末を!
 
 
  


Posted by 岡田斗司夫 at 08:46

すべてはFREEに向かう(助走編)

2010年03月18日

 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
 最初から読む場合は、この日記からスタートしてください。


 おとついのブログ、いきなりで悪かった。ゴメン。
 でも、あれが現状だ。駆け足で書いたけど、あれが今の僕の日常だ。
 なぜブログを読んでいる人に関係なく思える話を書いたのか?
 いや、それが関係してくるんだよ。
 まぁ聞いてください。

 「ひとり夜話」を今後、どうするか?
 地方や収入の格差をどう埋めるか?
 すべてはここからはじまった。

 で、ブログを読んでくれている人にお願いして、とんでもない分量の「あなたのことが知りたいメール」を送ってもらってそれを読んで返事したのが直接のきっかけ。
 
 おとついのブログで書いたオタキングexにしても、社内SNS「バベルの塔」にしても、すべては「ひとり夜話」と「あなたのことが知りたいメール」についての解決案なんだ。
 
 これ、2月の東京イベントで語ったんだけど、概略だけで1時間もかかった。
 その補足で「会社説明会」というのを開いたけど、ここでもさらに追加で30分以上(笑)
 まぁ長いのはしかたない。お互いに我慢するとしましょう。
 今日からここに長~い連続ものとして書くことにするよ。同時にtwitterで質問や追加説明もしてみるよ。
 とりあえずイントロというか助走だね。まずは書きやすい分から書かせて貰うね。
 
 「ひとり夜話」というのはGyaOジョッキーというネットテレビで去年の夏までやっていた僕の番組だ。月イチで「ひとりで1時間しゃべる」という構成、楽しかったし評判も良かった。
 当時はMacで見れないとか問題もあったけど、もしこの番組がずっと存続していたら、僕も他のことは考えなかったと思う。
 しかし、GyaOは会社ごとYahoo!に吸収合併。番組どころか放送局自体がなくなってしまった。
 
 しかたなく、僕は手作りのイベントとして「ひとり夜話」をはじめた。東京と大阪で、毎回3時間ぶっつづけで一人でしゃべりまくるイベント。これを昨年9月からこの3月までずっと毎月続けた。
 面白くて、これまた幸いにも評判もいいんだけど、やっぱり問題がある。
 
 地方の人は参加しにくい。
 お金がかかる。
 
 もちろんライブなりの良さはある。直接会場で話を聞くのは全然違う!と言ってくれる人も多い。
 でも、もともとGyaOジョッキー時代は「タダで自宅でいつでも」楽しめたわけだ。
 参加費も移動の経費も手間も、スケジュール調整も必要というのは、やっぱり「見たい人」に負担がかかっちゃう。
 
 では一部の人が言うように、youtubeその他で配信すればいいのか?
 これにも問題がある。なにより目の前に観客が入ってないと、僕がすごくやりにくい。GyaOにしても、目の前のスタッフへのウケを考えるからできたんだ。
 プロの落語家でも、観客のいない場で録音・録画してそれを販売、ってあんまりないでしょ?
 会場で録画収録して、その映像を配信?
 もちろんそれも考えたよ。でもなにも考えずにそんなことしたら、今度は直接会場に来てくれるお客さんのメリットがなくなっちゃう。数時間のトークを配信する方法も問題だ。
 では編集版を作ってそれだけを配信公開する?いや、編集すると素材制作に膨大な手間がかかる。映像編集なんか慣れてない僕がやったら、仕事ができなくなって飢え死にしちゃう。でも外部に出せば経費がかかって赤字になる。
 ボランティアにまかせる?それも考えた。でもボランティアの人が善意であってもデータを流出させる可能性もある。ボランティアと言うことは仕事じゃないからスケジュールのお願いもしにくい。最悪、データだけ渡したけどそれっきり音信不通というのもありうる。
 ありうる、じゃないね。僕はハタチ前からあらゆるボランティア組織に出入りしていた。だからそういう組織や人間の「頼りなさ」はいちおう人並み以上に知ってると思う。
 
 ・・・ということを、僕がグダグダ悩んでいるうちにも「ひとり夜話」イベントはどんどん回を重ねていった。気がつくと3月でもう7回だ。3時間×7回で合計21時間以上しゃべってることになる。
 このまま続けてればいいんじゃないかな?
 正直、そう考えたこともある。
 なんだかんだ言っても評判もいいし、チケットも毎回売り切れている。
 これ以上考えなくてもいいんじゃない?
 
 でも、やっぱり気になっちゃうんだよね。
 東京や大阪に来れない人とか、お金や時間の都合がつかない人とか。
 だってもったいないじゃない?
 ここに「話したい人」がいて(笑)、ネットの向こうには「聞きたい」と言ってくれる人がいるんだから。
 
 さて、どうしたもんだろうねぇ?
 と、悩んでいてもしかたない。まずは「聞きたい」と言ってくれている人の意見を聞かなきゃ。いや、意見じゃダメだ。もっとその根本、「僕の話に興味持ってくれている人は、いったいどういう人なのか?」。
 データやマーケティングじゃない。
 もっと個別の、一人ひとりの話をちゃんと聞かせてもらう。
 そこからスタートしないと、ぜんぶ上滑りの解決案、折衷案になってしまう。
 
 そこではじめたのが「あなたのことが知りたいメール」、別名「岡田斗司夫とメル友になりませんか」大作戦だったんだ。
 これが結果的に、僕にものすごい衝撃を与えた。
 大げさではなく、人生を変えるキッカケになったんだ。
 
 ふう、まだまだ続くよ。
 でも今日はここまで。
 明日はこの続きを「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」で話すね。
 
  


Posted by 岡田斗司夫 at 10:40

オタキングexの社長日記

2010年03月16日

『仮面ライダー』のナレーションぽく読むこと:
「岡田斗司夫はオタキングex社長である!
 彼は貨幣経済→評価経済社会へシフトするための拡張型組織・オタキングexを立ち上げた!
 exはエキスパンドすなわち拡張を意味し、「会社」「学校」「家族」の属性を併せ持つ組織なのだ
 オタキングex社長は、人類の苦痛0.3%の軽減目指して、今日もパソコンの前に張り付くのだ!」


 集合時間よりちょっと遅れて、社員たちとのオフ会に出席。我が社は完全ネット対応型の会社、つまり原則的には「在宅ですべての活動や会議もしてしまおう」が前提。
 だからこそ、「集まってお互いの顔が見たい!」というのは当然だよね。仲間なんだから。
 すでに「バベルの塔」も稼働して一週間。ようやっとコミュやトピが整理されつつあるタイミングだ。あ、「バベルの塔」というのは僕らの社内SNSの通称ね。いつまでも社内SNSと呼ぶわけにもいかんでしょう。というわけでケイゴくん、名称変更よろしくね。<社内連絡
 
 集まったのは新宿歌舞伎町の喫茶ルノアール。2階に上がると猛烈な勢いの韓国語が聞こえてきて、どうやら韓国からの旅行の一団がフロア半分を占領してるみたい。ガラス仕切り向こうに行くと、何人か見知った顔が車座になってる。
 いた。彼らがオタキングex社員たちだ。
 
 「ひとり夜話」の観客だったり、入社説明会に来て貰ったりしてるから会ったこともあるはず。しかしこれが社員としては全員実質上の初顔合わせ。いや、嬉しいんだけど照れるね(笑)
 この日までに社員登録したのは50人ぐらいで、ルノアールに集まったのは20人ぐらいなのかな?僕以外の最年長はカズヨシ(48才・本業はSE)で、最年少はナツキ(武蔵美の女子大生)だ。
 基本的に社員には軽いドレスコードがあるので、全員こざっぱりした格好をしている。
 
 本業はみんなさまざまだ。びっくりするような役職や経歴の人もいるし、学生やフリーター、失業中の人もいる。共通してるのはあの感じ、全員の知能指数が明らかに高い。だから複雑な話の飲み込みが早いんだよね。
 入社資格にちょっと高い目のハードルを設定したので、それがバリアになっているから当然と言えば当然なんだ。このあたりは週刊ダイヤモンドの取材で答えた「twitterの『フリー』読書会がハイレベルになる理由」と同じ。
 
 イベント直前なので、挨拶と社内システムについて軽く説明して中座した。それでも1時間以上いたことになるんだけど、あっという間だったなぁ。
 もっと話したかったよなぁ。
 
 ロフトでのイベント「ひとり夜話7」についてはここでは書かない。今週の土曜に同じイベントを大阪でするしね。
 あ、でも録画記録しているので、近いうちに映像を公開する予定だよ。そのために作った会社でもあるから頑張らないと。
 とりあえず現在の形の「ひとり夜話」は今回で最後だから、興味ある人は今週土曜の大阪まで来てね。社員募集はそこでもやってるから。
 
 イベント終了後、録画テープを映像部のトシハルに渡して、録音済みのボイスレコーダーをみのうら姐御に渡す。あ、ロフトプラスワンの固定カメラにも映像記録が残っているはず。プロデューサーの加藤梅蔵さんに頼んだらデータもらえるはずだよ。加藤さんの携帯番号をメッセージするので、受け取りに行ってね>トシハル
 
 終わってから、お楽しみの打ち上げ。
 疲れ果ててるのでこれまた1時間で引き上げた。でも終電の都合で10分しかいられないものや乾杯のビールやウーロン茶が来る前に帰らなきゃいけないものも多い。
 なのでグラスなしで「エア乾杯」した。なんだかおかしくてみんなで笑った。 「友だちが今週、エア結婚式した」という話にも笑った。「新婦だけの結婚式なんですよ!」「実は新郎だけのエア結婚式も先週やって、それに答えるイベントだったんですよ」という話に全員大爆笑。
 
 帰宅して「バベルの塔」に入り、さっそくUPされている今日の感想や「行きたかった」という地方社員の日記とかを見ながらパソコン前で寝落ちしちゃったよ。
 イベントやオフ会に来れない社員のためにも、格差をゼロに近づける社内ネット整備をどんどん進めなくちゃ。
 気がつくと明け方の4時過ぎ。「バベルの塔」にはいまだ書き込みがある。みんなすげぇな。楽しかったんだな。楽しいんだな。
 「友だちはいらない。仲間がいればいい」というのは僕の個人的なテーゼなんだけど、やっぱり仲間がいるのはいいよなぁ。
 
 さて、今後の社長の課題としては、まずは社内プロデューサーを決めなきゃ。
 今夜、「占い師のユウコ」と面談したら、ほぼ候補者との面談段階はクリア。候補者にだした宿題の提出もあるだろうし、大阪に行くまでには決めたいところだなぁ。
 あと秘書室も稼働させないと僕のスケジュール調整もたいへんだ。
 とりあえずTeamSpeak3をインストールして、音声チャット会議の実験に参加しようかな。これが地方格差を縮める決定打になればいいなぁ。
 ネット音声会議、とんでもなく楽しいらしいからなぁ。
 あ、海洋堂から頼まれてるフィギュアの解説文を書くためにDVDも見なくちゃ。
 twitter読書会もまたやりたいし、そのために買った本も山積みだよ!「読書必要時間」という負債が溜まりだした・・・
 
 ダメだ!ブログが書き終わらない!
 
 とりあえず今日はここまで。
 じゃ、明日は「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」でね。
  


Posted by 岡田斗司夫 at 10:02

捻挫しちゃった

2010年03月11日

 ハワイに行ってきました。
 月曜には帰ってたんだけど足首を捻挫して、立ち上がるのもひと苦労。
 ブログ更新のため、パソコン前に座るのもおっくうです。

 とりあえず日曜の「ひとり夜話」、お品書きだけでも・・・

1.「ジオン公国の野菜作り」
2.「世界征服は可能か?リアルバージョン」
3.「オタキングex設立宣言」

 捻挫した足首を庇っていたら、反対側の足まで痛めちゃったので、ちょっと自重します。
 いてて。
  


Posted by 岡田斗司夫 at 23:35

データが消えちゃう&連絡は早めに!

2010年03月02日

 GyaOジョッキーの「ひとり夜話」アーカイブ、もうすぐ消えちゃうのでまだ見てない人は急いでね。
 2008年9月~2009年2月分は3月7日(日)で配信終了。
 以前はMacでは再生できなかったけど、yahoo!に吸収されてからは見れるようになった。
 その他、3月31日で半分以上が配信終了になる。僕にはなんの連絡もないので、この映像を保存もできないんだ。困ったことだけど、放送業界ではこういうの当たり前みたいだからなぁ。
 内容はかなり面白いよ。消えちゃう前にぜひ見てください。

 あと、来週の火曜までちょっと用事ができたのでこのブログ、おやすみします。
 再開は3月9日(火)の予定。おやすみ中のできごとは、写真付きで書くのでお楽しみに!

 ここから下は、社内連絡事項です。
 連絡手段がブログしかないので、関係ない人には申し訳ない。

 例の入社説明会の参加者諸君、これからの規模による準備もあるので、もし決心がついた人がいたら、「決心できた」というメールをちょうだい。

 あと、東京や大阪の説明会でたぶんメーリングリスト作ってるよね?
 代表者は早めに僕にメールしてくれ。
 そしたら互いに連絡が取れて情報が集まりやすくなり、より公平性が増す。
 「決心した」という人のメールも、個人情報を抜いた状態でそっちに転送するから、あとは互いに自己紹介するように。
 MLつくちゃったんだったら、早い目に合流しないと、どんどん情報格差や認識の差ができちゃうよ。
 今のメンバーだけで話し合いを進めすぎないようにね。

 3月3日(水)の夜までだったら、僕もそのMLに参加できるよ。
 3月9日(火)以降だったら、いつでも時間空けるから、相談に来なさい。
 
 今日はここまで。
 じゃ、明日は「レコーディング・ダイエット2.0のススメ」でね。
   


Posted by 岡田斗司夫 at 03:43