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すべてはFREEに向かう(立志編)

2010年03月30日

 すべてはFREEの世界へ向かっているんだ。
 新サイト、あと三日ではじまるよ。




 この一連のシリーズは二つのブログ(「岡田斗司夫のゼネラルプロダクツ」「レコーディングダイエット2.0のススメ」)の交互で進行しています。
 最初から読む場合は、この日記からスタートしてください。
 


 頭を下げたこと、ある?
 接客の人がお客様に謝る時とか、老舗の旅館女将が「ようこそおこしやす~」と頭を下げるとか、そういう意味じゃないよ。
 そうじゃなくて、「男として頭を下げた」という意味。
 
 商売人として、とかそういうのなら誰でもあるだろう。
 あと「人間として頭を下げる」というのも時々あるよね。
 誰かに迷惑をかけた時とか、友だちとの約束に遅れた時とか。
 
 1972年、僕が中学2年の夏休み、YMCAのボランティアで小学生相手に体育館で「竹とんぼ工作教室」の手伝いをしたことがある。
 三才ぐらい年下の奴らってすごく可愛い。慣れない和風ナイフ(肥後の守っていうんだ)で竹を削ってプロペラ状の断面を作り、ボンドで竹ひごの軸とくっつける。
 小柄だけど利発そうな男の子が「お兄ちゃん」と言ってきた。「作ったけど、飛ばへん(飛ばない)」
 姉弟は姉しかいなかった僕はニコニコして、その竹とんぼを削り直した。裏の肉厚を薄くして軽く作り直し、その子に渡した。
 両手で挟んで、すばやくひねる。
 竹とんぼは二メートルほども上昇した。男の子は大喜びだった!
「見た?見た?」
 僕も笑って「ちょっと貸してみ」と声をかけた。
 中学男子のパワーを見せてやる。この体育館の天井まで飛ばしてやる。
 僕は全力で竹とんぼをひねった。
 
 すごい勢いで飛んだ竹とんぼは、そのまま一直線に男の子の顔に衝突した。目を庇って倒れる男の子。母親が走ってきて抱きしめる。
「見える?見えるか?」「見えへん・・・」
 僕は真っ青になって、自分のしでかしたことに硬直していた。
 周囲はヘンな色になって、ヘンな匂いがして、そして音が消えたりうるさく救急車のサイレンが鳴ったりした。
 
 6時間後、僕は病院で医者からの説明を受けていた。眼球の水晶体はあんがい丈夫だと言うこと。目には傷がついたけど視力にはおそらく何の影響もない、ということ。
 それを聞いて僕は、その日1000回目ぐらいの「本当にすいませんでした」をご両親に言って頭を下げた。ご両親は、もう言い疲れたように「いや、エエから。大丈夫やから」と答えた。
 人間として頭を下げる、というのはこんな感じだ。
 とりあえず申し訳なくて、謝るしかできない。
 相手も「謝って貰ってもどうしようもない」とわかっていても、とりあえず謝意を受け取るしかできない。
 
 しかし「男として頭を下げる」というのはあんがい少ない。
 こういう言い方をすると男尊女卑に聞こえるかも知れないけど、僕の中で「人として」というのと「男として」というのは、やっぱり絶対に違うんだよね。
 
 『王立宇宙軍~オネアミスの翼』という劇場アニメを作った時の話だ。
 バンダイというオモチャ会社がスポンサーになってくれて、アマチュアの8ミリ映画しか作ったことのない僕たちに制作予算4億以上、総予算6億ものアニメ映画を作らせて貰った。
 いや、正確に言うと映画の権利全てはバンダイが持っていったのだから「作らせて貰った」という関係じゃないかも知れない。でも僕たちのあの頃の気持ちは「作らせて貰った」だったんだ。
 
 雲行きが変わったのは宣伝会社のT社から強硬な意見がではじめてから。『風の谷のナウシカ』が大ヒットして、とにかくアニメ映画を売りたいならナウシカみたいに見せろ。客を騙してでも映画館に連れ込め!
 宣伝担当は僕たちの前でそう言い切った。「たとえ騙されたとしても、映画が面白ければ客は文句を言わない」
 この海千山千の宣伝屋にバンダイは徐々に呑まれていった。そしてついに、その日がやってきた。
 
「岡田さん、何も言わず、40分切ってよ」
 1987年の正月明け。銀座の会議で総合プロデューサーであり当時のバンダイ社長である山科氏は僕にそう言った。映画の尺(公開時間)のことだ。
 『王立宇宙軍』の公開時間は120分。映画館が朝11時にオープンして、夜9時まで営業するとしたら営業時間は10時間。そこにラニングタイム2時間の映画を廻したら、一日で4回転が限度だ。
 しかし40分カットして80分の映画にできたとしたら?10時間で6回転は廻せる。4回と6回では売り上げは50%も違うのだ。
 
 自分で映画を一度でも作るとわかるけど、映画は精密機械だ。セリフだけでなく映像的な伏線や暗喩、登場人物の感情曲線が周到に計算され、埋め込まれている。120分の映画を40分切る、ということは「ひとりの人間の1/3を切り落とす」というのと同じ意味なのだ。
 アクションやキャラの強い映画ならともかく、『王立~』のように映像文法の強い映画にとって、それは表現の死を意味していた。
 
「できません」
「できないのはわかってるよ。でも、いまの流れ、わかるでしょ?」
 宣伝のT社との関係だ。前売り券の買い取り保証や収益分配の比率など、当時の僕はそういう聞きたくもない話に毎日振り回されていた。
 「夢を作る、というのは、夢からもっとも遠い場所でドブをさらうこと」「そのドブの上に咲いた花が夢だ。そしてドブに羅紗をかけて、花だけ見えるようにしたのが映画だ」
 当時の僕のノートには、そんなキザなセリフが書いてあった。
 
「切ってもらうよ。最低でも20分。できれば40分」
 僕たちの話に割り込んできた宣伝会社役員が言いはなった。
「君らが前売り券40万枚買う、というなら話は別だけど」
 やり手の営業部員や出資者、広告代理店の偉いさんたちに、いつの間にか僕は包囲されていた。そう、今日のターゲットは僕。僕ひとりを相手に「公開尺のカットを説得するための会議」だったんだ。

 その時の僕は28才。ガイナックス社長とかプロデューサーと言っても、彼らから見たら息子より年下の青二才だ。
 反論の材料はなにもない。切ったら映画が死んでしまう、と言ってもムダだ。そういうことはわかり切った上で「切れ」と言ってるのだ。
 
 追い詰められた僕は、切り返しの言葉を考えた。切り返しだけじゃダメだ。本当に腹の底から言い切れる、信じられる事を言わないと納得もしてもらえない。
 じゃあ、僕にどこまでの覚悟があるだろうか?
 
 よし、ここまでなら言い切れる。
 僕はふんぎりをつけて、口を開いた。
「フィルムは切れません。一分も切れません」
「・・・」
「契約では納品が120分以内、となっています。王立の尺は119分50秒、契約は守りました」
「その話は前にも聞いたよ!」
「もしこれ以上、フィルムを切れとおしゃるのなら・・・」
 僕は左腕をまくり上げた。
「こっちの腕、切ってください。かまいません。左ですから。仕事に差し支えありません」

 冗談だと思うだろ?単なるハッタリだと思うだろう?
 でも違うんだ。そんなハッタリじゃ映画の宣伝屋は騙せない。映画館は繁華街、つまりヤクザたちの縄張りどまんなかにある。宣伝屋はそういう連中と時には切った張ったのやりとりをしている、まさしく興行界の顔役たちなのだ。
 このセリフを口にした時の僕は、完全に「その気」になっていた。もちろん、ちゃんと計算もしたよ。
 入院してる間の差配とか、親や家族への言い訳とか。
「切った後、すぐに病院に行けば神経すべては繋がらないにしても、動く程度には復帰するかなぁ」「Tシャツとか着る時、すごく不便だろうなぁ」とか、そんなことばっかり考えていた。

「お願いします。このまま、このまま公開させてください。腕、切ります。切ってください。でも120分で公開させてください!」
 僕は頭を下げた。そう、「男として」頭を下げた。
 カッコいい話じゃない。武勇伝なんかじゃない。
 最低のカッコ悪い話なんだ。
 
 相手の提案に妥協点も出せず、単にイヤって言ってるだけ。こんなのプロデューサーでも社長でもない。大人ですらない。単なるワガママなガキだ。ガキがいきがって「俺の腕を切れ」って叫んでるだけ。
 わかってる。その時の僕は本当に最低にカッコ悪かった。
「男として頭を下げる」というのは、本当に「頭を下げるしか誠意の見せようがない」という自分の無力さの表明だ。
 男として看板下げて生きていくなら、死んでもそんなことしたくないじゃないか。
 
「話にならんよ!」と宣伝会社の人は吐き捨てた。
「岡田さん、そういうのやめようよ、ね?」と山科社長は言ってくれた。
 でも僕は、聞こえないふりをしてひたすら頭を下げた。
 
 山科社長の長いため息が聞こえた時、僕は「勝った」と思った。
 でも僕は「男を下げて」勝ったんだ。交渉には勝ったけど、度量では山科社長に負けた。映画プロデューサーとして勝ったから、『王立~』は120分で公開させて貰った。
 でもあの日、僕は「男として」負けていた。
 「男として頭を下げる」というのは、僕にとってそういう意味だったんだ。
 
 2010年2月27日と28日、大阪と東京でオタキングexの第一回会社説明会が行われた。
 「ひとり夜話」からわずか一週間後だ。イベントの翌朝までに10人が説明会に問い合わせてくれて、三日で40人、そして当日朝までに60人を越える人数が応募してくれた。
 参加数150人の「ひとり夜話」で、翌週の日曜に来い、といきなり言われてスケジュールを空けられる人が何割いるだろうか?それを考えると60名は異常な人数だ。
 
 渋谷や難波の貸し会議室というのも、明るすぎてなんだか落ち着かない。
 とりあえず僕は、前回のおさらいをさらに整理して話をはじめた。
 
・オタキングexは会社であり、学校であり、家族である。
 会社だから仕事する。学校だから学ぶ。家族だから互いを信じて支え合う。
 会社や学校というのは受け入れやすいみたいだけど、「家族でもある」をよく吟味して考えること。
 逆に、会社みたいに無責任になっちゃいけない。学校みたいに主体性を放棄しちゃいけない。家族みたいに「毒づいても平気」「逃げられない」と思っちゃいけない。
 
・働いてもいい。さぼってもいい。
 普通の会社なら「働かない社員」はろくでなしの給料泥棒。でも我が社では「働かない社員=年間12万払ってくれるスポンサー様」。だから働きたい人だけ働いて、見学だけしたい人はご自由に。

・オタキングexは貨幣経済から評価経済へと進出した世界初の組織である。
 我が社の収益とは、「売り上げ」ではなくて情報室が計算する「評価貨幣」である。儲けなくてもいい。それよりは注目貨幣=アクセスを目指すこと。
 稼いだアクセスは会社にとっていわば「現金の流れ」。それを資産として蓄積するには評価に変換する必要がある。

・オタキングexは岡田斗司夫の思想をメソッド化し、普及させ、進化させ続ける。
 岡田斗司夫の思想はコアの方向性にすぎない。社員全員の参加でブラッシュアップし、常にアップデートする。
 思想のメソッド化・進化のために社内ネットが、普及のために社外ネットが必要になる。会社の総エネルギーの半分以上は、常に外部への普及のために使いたい。

・オタキングexは社員全員にオカダ姓を与える。
 家族であるから当然。同時に「互いのしたことには互いに責任感を持つ」ためにもこの制度を導入する。抵抗ある男子は、「女子は子供の頃からこう考えさせられてきた」ということをもう一度考えるべし。
 あくまで社内のみの「芸名」みたいなものだから、そんなに気にしない方が良い。実際には「銀座の」「バイクの」みたいな二つ名を与えるので、そっちを使う方が多いかも。
 今後、岡田斗司夫やオタキングについての悪評(マイナス評価)や、知られていない無名性(マイナス・アクセス)は我々全員が共有すべき「痛み」になる。

・オタキングexの社員は、個人と社内ネットが合体してはじめて「社員」となる。
 社員は入社した時点では、ただの不安な個人。でも社内SNSや先輩のサポートで「オタキングex」の社員へと変身できる。
 地方社員や時間的自由のない社員こそが我が社の基本。そのため、社内ネットの整備が我が社の第一目標。 我が社は電脳空間内に本社がある。ネットにアクセスすること=出社である。
 
・社員は入社金として一万円、年間所属費12万円をオタキングに払う。社長はこれを「岡田斗司夫らしく」使う。管理はオタキング。
 つまり、「給料の使い道について、社員は関知しない」ということ。これを積立金みたいに誤解してる人もいるけど、あくまで「参加費」だよ。

・有料会員より年会費1万円を集めて、これをオタキングexの企画費とする。管理は社員有志が行う。
 サーバの管理・運営や「ひとり夜話」などのイベント運営費はここから出費される。なので、会員が増えると「やれること」が加速度的に増える。

・その人の経済状況や納得度によって、参加方式はいろいろ。
 理念に共感して、いっしょに働きたい→社員
 面白そうだから、ちょっと関わりたい→有料会員
 お金は払いたくないけど、コンテンツは楽しみたい→無料会員

・常に奉仕は外向きに流れる。
 岡田斗司夫は社員にできるかぎり全ての時間を使う。
 社員は自腹で有料会員にサービスする。
 有料会員の支払う金を原資として、無料会員へのサービスに使う。
 無料会員の理解や学びが世界を向上させる。
 「社員は有料会員に奉仕」「有料会員が年会費払ってくれるから、無料会員に映像が配信できる」「無料会員がオタキングexのコンテンツやメソッドを理解し使いこなせば、個人は楽になり世界は良くなる」という仕組み。
 
・一日でも早く入社した社員は「兄さん」「姉さん」と呼ばれる。
 だからといって偉いわけではない。後輩の面倒を見るように。我が社は上に行くほど義務や仕事が多くなる。でも給料(負担金)は増えないのでご安心を。
 
・お互いを裏切らない。
 オタク集団や頭の良い集団は、本質的に客観的というか冷笑的な態度を取りがち。我が社ではこれを「悪癖」として排除する。日本が世界に誇れる二大オリジナル文化は「オタク」と「ヤンキー」だ。オタクの基本が「他者と関わりを持たない・避ける」であるなら、ヤンキーの基本は「兄貴、最高ッスよ!」である。
 そしてオタクとヤンキーが実は相性が良いのは、ヤン車にはディズニーやジブリグッズがあるのを見れば一目瞭然。
 我が社は積極的にヤンキー文化を取り入れる。すなわち「仲間は守る」「見捨てない」。
 社長は別に偉くないけど「無条件」に尊敬すること。このあたりは内田樹の『先生はえらい』(ちくまプリマー新書)を参照すれば根拠がわかる。
 
・社長は社員の共有資産なので、私有や私用は許されない。よって社長との恋愛は御法度。発覚したら相手の社員はクビ。(社長は最大の資産なので手放せない)。クビの場合、年間支払金は返金しないので、そんな損な行為は絶対にしないように。
 
 ・・・以上、こんな感じで僕は説明を続けた。
 みんな熱心に聞いてくれる。笑うべきところで笑い、真剣に聞いて欲しいところではうなずいてくれる。
 
 では、そろそろ核心だ。
 
 世界の、人類の苦痛の0.3%を軽減するという。
 それがオタキングexの目的だ。
 では、いかにしてそれを成し遂げるのか?
 ダイエットやノート術で、果たして人類の苦痛の0.3%は減ったりするのか?
 
 正直、僕にはわからなかった。
 『フロン』を書いた時には、ずいぶん多くの女性から「気持ちが楽になりました」というお便りをいただいた。でも同時に「結婚するのが不安になった」という人も多かった。
 ダイエット本も、「痩せたらモテますか?」と聞かれて困ることが多い。「痩せるとモテない確率が劇的に下がる」とは言えるんだけど、モテる可能性なんかわかるはずがない。

 要するに、人は他人を幸福になんかできない。自分の子供すら、だ。
 子供の幸せを願うのは親として当然だけど、「幸せのために尽くす」「計画する」というのは全部的外れであり有害ですらあると思う。
 幸福とは自分で定義するしかない。
 親ができることは、我が子が自分の幸福を定義するための強さ、すなわち「自立」への協力しかできないのだ。
 
 だから、我が社も人類の幸福なんか目指せない。そんなの人類の構成員ひとりひとりが考えて決めるべきだ。
 でも、全員がそれを考えられるだろうか?果たして人類はそこまで「自立」してるだろうか?
 
 残念ながら「していない」と僕は考える。
 だから僕たちは人類を「幸せ」にはできないんだ。
 「自立への援助」しかできない。
 そのための思考ツールの提供、考え方が効率よくなったり楽になったりするメソッドの提供。
 僕の考えやツールが完璧なはずがない。だから優秀な人、たとえば「年間12万円払って、おまけに働こうという余裕のある人」を集めて、思考法を改良してツールを開発して、矛盾点やバグを洗い出さなくちゃいけない。
 
 とりあえず具体的な目標なら決まっている。
 まずは社員。第一期の目標は150人、つまり「ダンバー数」だ。
 そして会員の目標が3万人。社員の200倍だ。
 さらに無料会員が全世界で2000万人、すなわち会員の600倍。
 これで60億人の人類の0.3%にはなる。
 
 でも、こんな計算は単なるトンチだ。
 意味はない。
 僕は「人類の苦痛の0.3%を軽減したい」という欲求を持っている。
 でも、僕にあるのはその欲求だけなんだ。
 それ以外は、なんとか補助線やガイドラインは引けるし、「たぶんゴールはあっちだ!」と言うことはできる。でも、それしかできない。
 そこから先は、他のみんなにやってもらうしかない。
 
 その日、僕はいままでで一番の勇気を絞った。
 もう二度とやりたくない、と思ったことをした。
 
 僕はみんなの前で、入社説明会に来たみんなの前で、頭を下げた。
 「男として」頭を下げた。
 
「僕はこの世界の苦痛の0.3%を無くしたいと思います。なんとかなると信じてます。自分ならできる、と信じています。でもひとりではできません」

「お願いします」

「僕を助けてください」

 僕は深々と頭を下げた。
 そう、ノープランだ。
 どうやって0.3%の苦痛を軽減するのか、現実的な解答は僕にはなかった。
 だからあの日と同じ、あの映画の日と同じく、「男として」頭を下げるしかなかった。
 
 僕は政治家が大嫌いだった。有権者に「お願いします」「男にしてください」と頭を下げる情けない人種。
 当選したら急に態度がでかくなって、選挙が近づくとまた米つきバッタみたいに「お願いします」「助けてください」と頭を下げる。
 恥を知ればいいのに。
 
 その政治家と同じ、いやそれ以下の頭の下げ方だった。
 政治家にはマニフェストもあれば公約もある。
 でも、僕にはなにもない。
 「やりたい」という気持ちしかない。
 「120分の映画を1分も切れない」というガキみたいなワガママしかないんだ。
 
 くやしい。カッコ悪い。
 でも、いきなり拍手が起きた。
 驚いた。
 顔を上げようと思ったけど、あげられない。
 当たり前だ、いまあげたら泣いてしまう。
 男を下げて頭下げて、それで拍手して貰ってさらに泣く?
 そんなカッコ悪いこと死んでもできるもんか!
 
 みんな、どんな気持ちで拍手してくれてるんだろうか?
 考えたらダメだ。もっと困ってしまう。
 そうだ、「してやったり」とか考えよう。
 「これでみんな、感動して入社してくれるぞ」とか。
 無理に笑おうとしたけど、余計に顔がクシャクシャになっちゃった。
 
 涙の発作が収まってから、平気な顔をして顔を上げたよ。
 でも、声は微妙に震えちゃった。
 ああ、死にたいほどカッコわるい。
 
 僕にとって生涯二度目の「死にたいほどカッコ悪かった日」だ。
 でも、その日のことを思い出すと、いまも、ほら、その、なんだ。
 へへへ。最高の日だったかもね。


 今日はここまで。
 続きは明日、「レコーディングダイエット2.0のススメ」でね。
 
 今日のBGMは『上を向いて歩こう』だよ。

 
 
 そう。すべてはFREEの世界へ向かっているんだ。
 新サイト、あと三日ではじまるよ。

  


Posted by 岡田斗司夫 at 00:29