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7月1日は僕の誕生日です

2009年07月01日

 さて、今日は誕生日。
 今日から51才だ。
 
 と言っても、別に普段から変わらない。昨日の夜も仕事してて日付変わったのに気づかなかったし、今朝もいつもと同じ時間に起きて仕事している。
 昨夜、夜食に柿の種を食べたので、ちょっと胸焼けしてるぐらいかな?変化と言えば。
 
 10年ぐらい前から、誕生日は淡々と過ごすようになった。当たり前だけど「年に一度のイベント」も、30回も40回もこなすと「特別感」は薄れてくる。
 僕にとっては、桜の開花の方が何倍も盛り上がるなぁ。
 
 と言って、なにも考えないでもない。
 毎年、誕生日のたびに思うのが「一年経つたびに、人生は行き易くなる」だ。
 
 僕にとって一番しんどかったのは小学生の頃。
 学校は嫌いだったし、給食はもっと嫌いだった。授業も運動会も遠足も休み時間も、全部イヤだった。
 自分の好きなようにできない。じっと座ってなきゃいけない。トイレも休み時間まで我慢する。先生の退屈な話より教科書の方が面白いけど、そんなの学期の最初に読み終わってしまってる。
 膨大な、退屈で不自由で、ひたすら我慢するだけの時間。
 それが僕にとっての「小学校生活」だった。
 
 中学校に入ると、ちょっとマシになった。
 相変わらず学校は嫌いだけど、毎日同じ制服を着て坊主頭という変化のなさは気に入った。
 給食じゃなくて弁当になったし、3年になると校内に食堂もできた。
 女子が気になりだして、友達は背伸びして酒やタバコをはじめる奴もいた。
 金はなかったけど、金を使う遊びなど知らなかったので平気だった。
 自転車でどこにでも行けた。

 高校は、さらにマシになった。
 高校自体は好きじゃない。でも放課後は好きだ。
 クラブ活動もはじめて、彼女もできて、SF雑誌に投稿しようと小説を書き始めた。
 テストの点がシャレにならないほど悪化したのは困ったけど(笑)
 
 大学は・・・覚えていない。
 大学生活を覚えられるほど長く行かなかったから。あっという間に大学に行かなくなり、あっという間に放校処分になった。
 しかし、かわりに「SF」が生活になった。
 SF小説を買うため、SF大会の赤字を埋めるためにバイトした。
 SF映画を見るために大阪中の公民館や会議室での自主上映会に足を運んだ。
 付き合っていた彼女には、SFを読ませ、SFを見せて、SFっぽい風景を見るためにビルとか工場ばっかりデートした。
 ようやくこの頃、「金がない」が問題になってきた。
 
 庵野秀明らと出会ってアニメを作り、海洋堂と出会って模型に狂い、SF大会が終わって結婚し、大阪の片隅でSF専門店ゼネラル・プロダクツを始めた。
 もう僕は25才になっていた。
 もう25才?まだ25才?
 
 必死の決意で東京へ移住してガイナックスを設立し、『王立宇宙軍~オネアミスの翼』を作り、ハリウッドでプレミアを開いて赤絨毯を踏んだその日、僕はまだ30才になっていなかった。
 
 30才から40才までは、絵に描いたような「波瀾万丈」の日々だ。
 アニメを作り、コンピューターゲームを作り、マンガ雑誌を作った。
 借金にまみれ、使い切れない大金を稼ぎ、人を雇い、またクビにもした。
 海外で会社を作り、某国大統領からヘッドハントされかけ、会社が放火されかけ、娘が生まれて育児に追われ、旧友と再会し、そして全てを捨てて、仕事もなにもせず一年半すごした。
 東京大学で非常勤講師をつとめ、最初の本を出し、お笑い芸人としてタレント名鑑に登録され、最初のベストセラーも書いた。
 自分が主役のドキュメンタリーも2本放映されたけど、それ以後本はさっぱり売れなかった。
 
 40才から50才までは、「自分」が徹底的に変わった。
 「社長」とか「プロデューサー」として仕事する機会が減って、どんどん作家性の強い仕事ばかりするようになった。
 家族と暮らすのを辞めて、一人で暮らすようになった。
 人と会わなくなり、飲み会の誘いも断り、一人で過ごす時間が圧倒的に増えた。2~3日、誰ともしゃべらない生活が当たり前になった。
 40才で体重が人生最大の125キロを超え、50才で62キロに半減させた。
 絵本を書いて、食玩を監督して、年に6回海外に行って、英語で講演して、海外の大学で講義もした。
 49才で最大のベストセラーを出して、50才の頃は「テレビに出るのが日常」というタレント的生活になり、知らない人にサインを求められるのが当たり前になり、一日の睡眠時間が3~4時間になった。
 ブログをはじめ、2ちゃんねるを毎日見るようになり、mixiにハマり、mixiをやめた。
 ネットからリアルに時間をシフトさせ、手芸や模型作りに時間を割くようになった。
 髪を茶色に染めて、毎朝なにを着ようかと悩み、その服のサイズは5LからMになり、ついに男性用Sサイズになった。
 
 で、今日から51才。
 上記の通り、僕の人生は毎年どんどん面白くなっている。変化の幅は相変わらずすごいし、なによりも毎年、生きていくのがラクチンになっている。
 心臓弁膜症という先天的な機能不全に生まれて、「生きてるのが奇跡」と言われた幼少期から、小学校までの時代に比べれば、そこから先の人生は丸儲けみたいなもんだ。
 
 だから、大学で学生たちと話すと、不思議でしょうがない。
 高校を出たことがまるで残念みたいに話している。
 大学を卒業して働くのが、すごく辛そうだ。
 「遊ぶ」ことが楽しくて、「大人になる」ことがつまらないみたいに話している。
 
 そうかなぁ?
 少なくとも僕は、子供の頃より今の方が楽しい。
 教室に座ってなくてもいいし、好きなものを好きな時間に食べていい。
 リスクさえ覚悟したら、どんな仕事や生活をしようが自由だ。
 年を取ると言うこと、大人になると言うことは、イコール自由度が増えることだと思う。
 
 仕事や社会的な成功とは関係ない。
 「自分で生き方を決められないこと」「大人になにか強制される、または大人になにか許可してもらうしか、生き方を選べないこと」
 この2点だけで、僕にとって子供時代とは不自由の象徴だ。
 成功や失敗は結果でしかない。僕にとっては「本が売れない」みたいなものだ。
 自分が好きに決めて選んだ生き方なら、本が売れなくても貧乏でも、結果は本質的な問題じゃない。
 
 学校を出て大人になれば、自分の好きなように生きられる。
 でもそこはゴールじゃない。好きなように生きて、そこで勝負して勝ったり負けたり引き分けたりして、いろんなものを得たり失ったりすること。
 これが人生というゲームの本質だと思う。
 
 だから僕は、年を取るのが好きだ。
 というわけで、僕にとって、僕の誕生日はめでたい。
 ハッピーバスデー・トゥー・ミー
 
 じゃ、今日はここまで。
 また明日ね。
  


Posted by 岡田斗司夫 at 12:08