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「ゆとり」とはパジャマである

2009年06月30日

 カウントダウン:誕生日まであと1日

 いよいよ明日で51才。
 以前にマンガ夜話の楽屋で、いしかわさんが50才になった時に「早いなぁ」と感じたもんだけど、自分事となるとその比じゃないね(笑)
 
 40才過ぎてからの体感速度は、20代のまさに三倍!
 特に最近は週刊アスキー連載としてSF大会の時代を思い出しながら書いてるわけじゃない?20才~25才ぐらいの頃の僕って、なんでまたあんなに元気だったんだろう?
 
 覚えているんだけど、「パジャマとか着たことがない」んだよね。当時は。
 いつも翌日の用意して、服を全部着て、靴下まで履いて寝ていた。で、目覚ましで朝起きたら10秒以内に部屋を出ていたよ。
 本当に毎日毎時毎分が、戦闘態勢だったんだよなぁ。
 
 「やらなきゃいけないこと」に朝から晩まで追いかけられている感じ。
 だから「自分の時間」というのがよくわかんなかった。SF大会やゼネプロやってるときに「もっと自分の時間が欲しい」って言われたけど、意味がわかんない。
 「休憩さえできたらいいじゃん。その他は全部仕事すれば」っていつも思っていた。
 
 今も実はかわんないんだけどね。戦闘態勢というほどではなく、警戒態勢ぐらいには緩和したと思う。
 あいかわらず「自分の時間」はよくわからない。工作や手芸している時間がそうなのかな?とは思うけど、それもいずれは発表するつもりだから、純粋な趣味とは言えないしね。
 読書や映画を見るのだって、すぐに「あ、これ使えるな」と考えちゃうのは、マンガ家の先生と同じ。
 だから、純粋な「自分の時間」なんてないんじゃないかなぁ。
 
 でもね、「自分の時間」が充実してることイコール幸福だとも思えないんだよね。
 大学で教えてる学生たちが使う「遊ぶ」というコトバもよくわかんないしね。
 彼らがよく言うんだ。
 「昨日は遊びました」「先生、遊びませんか?」「最近、遊んでない」とか。
 
 遊ぶ?そんな普通のことするんだったら、もっと普通の大学に行けばいいのに。
 正直、そう思うんだよなぁ。
 
 でも、そんな僕でもいつのまにかパジャマを着て寝るようになりました。
 だから僕の思う「ゆとり」というのは、「パジャマに着替えて寝ること」だな(笑)
 「ゆとりがない」というのは、服を着たまま仕事椅子で倒れるように寝ること。
 「ゆとりがある」というのは、風呂に入ってパジャマに着替えて、ちゃんとベッドで寝ること。
 
 40才を超えた頃から、僕は一年の半分以上は「ゆとりがある」生活をしている。
 でも、いまだに週一回は仕事椅子で倒れるように寝てしまう。
 明日からの目標は「毎日、ベッドで寝る」だな。
 いや、思い切って「週に一日は『遊ぶ』」というのもアリかもね。
 
 じゃ、今日はここまで。
 また明日ね。
   


Posted by 岡田斗司夫 at 12:17