アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 138人

「純国産の国民」ってサベツだよなぁ

2009年06月09日

 先日、NHKの討論番組に出た。
 もうオンエアも済んだ番組だけど、主題は「これからの結婚はどうなる?」と言った内容のもの。
 しかし、僕からしたら個々の問題の繋がりに首をかしげることが多かった。
「それ、関係の強度にかかわらず話題として繋いでるだけじゃん」と思ったよ。

 たとえば、番組の主題として「少子化が問題になっている。なんとかしなければならない」
 この段階だけでいくつもツッコミできる。
 日本人口をこれ以上増やしてどうするつもりだ?環境負荷はもうとっくに限界だろうに。
 ま、百歩ゆずって「少子化は問題」はかまわないとしよう。いちいち、すべての件に異議を申し立ててもしかたない。
 
 「少子化の原因は、最近の若者が結婚しないからだ」
 ちょ、ちょっと待て~い!(笑)
 結婚と出産とをイコールで括るのはムチャだぞ。たしかに密接に関係してるとは思うけど、「結婚できない」「少子化」は同じ問題でもないし、原因と結果でもない
 「結婚してないと子供を産んだり育てたりが不利になるシステムがある。結婚なしで育児・出産ができる社会を目指そう」という考えかただってアリなんだから。
 
 「少子化が進むと、社会保険を含めて日本の経済全体が危機に陥る」
 ここまでいくと、百歩譲ろうが千歩譲ろうが、ムチャだ。あまりに短絡的すぎる。
 だいたい、この発言の陰に隠れているのは「日本人同士が結婚して子供を産んでくれないと、純血の国民が不足してしまう」という、とんでもない発想だ。
 労働力や経済に必要というなら、別に日本に住んで法律を守り、消費して税金さえ納めてくれたら誰でもかまわないはずだ。
 「日本人が結婚して作る子供=純国産の国民」だけ増やそうとせず、別に国民は「輸入物の国民=移民」でもかまわないだろうに。
 
 ・・・てなことを、番組の収録では言ったけど、当たり前だけどほとんどカットされちゃった(笑)
 
 「ちゃんとした恋愛」=「ちゃんとした結婚」=「ちゃんとした家庭」=「育児と教育」というのは、「誰にでも与えられる、あるべき当然のコース」ではない。このステップ一つ一つに落とし穴があって、全クリアするのは至難になってきている。
 なのに、「このコースをクリアしないと負け組」という決めつけは時代遅れどころか、国民にムダな心理負担を強いる「使えない常識」なんだよなぁ。
 
 前に本に書いたことだから、ここで繰り返してもしかたないんだけど、あらゆる通念には、つまり常識や価値観や信念、正義感には賞味期限や使用期限がある。
 「家庭を作るには愛が必要で、それは『恋愛』がベースになる」という我々日本人の常識だって、この五十年、せいぜい多く見積もっても百年程度の歴史しかない。
 
 せっかく視聴率を気にせず、スポンサーの顔色を見なくてもいいNHKの討論番組なんだから、もっと根本的で過激な意見の交流もあっていいんじゃないか。原稿を書きながら録画した番組を見て、そう思ったよ。
 
 じゃあ今夜はここまで。
 また明日ね。
   


Posted by 岡田斗司夫 at 20:53