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今夜、NHK教育でフィギュア番組

2008年11月30日

この夏、ずっと対談やら収録を続けていた番組が、やっと今夜オンエアされます。

ETV特集
「新しい文化“フィギュア”の出現~プラモデルから美少女へ~」
11月30日(日) 午後10時00分~11時30分
http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html

プラモデルとガレージキットの関係からはじまり、フィギュアとはなにかを探訪する番組。
「美少女フィギュアを作るとは、どういう行為なのか?」
「美術ジャンルの人形師(博多人形など)との差は?」
「私たちがフィギュアを『見る』とき、なにを受け取っているのか?」
「はたしてフィギュアはアートなのか?」

かなり気合いの入った熱い番組です。
録画予約、お忘れなく。
  


Posted by 岡田斗司夫 at 09:31

アニメ夜話とマンガ夜話

2008年11月08日

 マンガ夜話とアニメ夜話の違いを考えてみた。
 まず大きな違いは、生放送か収録かだろう。

 マンガ夜話は生放送だし、権利処理もアニメに比べて単純な場合が多い。だから発言の自由度はかなり高い。いしかわさんに関してはほとんどなんでもアリ状態だ。
 レギュラー陣がオンエア中も時計を見ながら「そろそろこの話題」「45分を過ぎたのでまとめの準備」とか個別判断で動いても破綻がない。

 対してアニメ夜話は2時間近くの収録を45分程度にまとめた番組である。(残り15分はVTR紹介やマエストロコーナーなど) 権利も複雑だし、発言の制限も多い。
 たとえば先日オンエアされたグレンガランでの僕の発言「頭の悪いアニメ」という誉め言葉も、打合せ時に「使わないようにしてください」とお願いされた。しかし舞台上で他のゲストも使い出してしまったため、編集時にカットが不可能になってしまった。
 そして、ここまで多用されると、さすがに「否定的なニュアンスではない」というのがわかって、編集でカットされずに生き残ることができたわけだ。
 
 しかし2時間の収録を45分に縮めてしまうわけだから、当然発言の大半はカットとなる。発言そのものがカットされる場合もあるけど、発言の後半部分や前提部分を削除されてしまうこともある。
 たとえばグレンラガンの回では、会場ゲストとして来てくれたガイナックス武田さんの発言が大部分カットされた。特に壇上の僕との掛け合いはもう本当に大爆笑ものだったのになぁ。まぁ、これは会場に来た人だけのお楽しみということなのかな。
 他にもガンバの回では、僕の「ポニョでの海の表現は、ガンバに比べて退化している」というのもカットされた。電脳コイルでも「シナリオは後半、あきらかに破綻してる」という指摘もカットされた。こういう比較や具体的指摘をカットしちゃうから、編集されたあとの番組はまるで絶賛モードに見えちゃうわけ。(2時間の収録を1時間にまとめるんだから、そういう問題は仕方ないこと)
 ゲストだって、よくしゃべってくれる人もいれば、ほとんどしゃべらない人もいる。マンガ夜話では「ゲスト置いてけぼり」というのはよくある話だけど、アニメ夜話では「編集の職人芸」で、ゲストの発言を過不足なく調整している。


 マンガ夜話とアニメ夜話、両方に出演している僕にとって両者の差は興味深い。
 僕自身の総括としては、マンガ夜話は「当たり外れの大きい、出たとこ勝負のお祭り」だ。アニメ夜話は「作品のVTR・出演者の発言・編集のまとめという、三種の総合力で作るディレクターの作品」だと思う。

 マンガ夜話はサッカーみたいなフィールドゲームだ。時間制限内に誰かが何回かゴールを決めて、そのためにパスを出したりもする。勝ち負けがあるわけじゃないけど、「今日はいいゲームができた」「ダメだった」という実感はある。
 音楽で言うと知り合い同士で組んだフリージャズみたいなものだろうか。雰囲気やノリをコントロールすることが実は大きなポイントである。

 それに比べてアニメ夜話はサッカーではない。あえて言えば野球に近い。
 まず担当ディレクターには「こういう番組を作る」というプランがある。プランまったくなしでは版権元からも許諾を取るのは難しい。マンガと違ってアニメ制作には膨大な予算がかかる。関係者の数も多いということは、OKをもらうネゴシエートも複雑になって当然だからだ。
 そのプランを受けて、司会者が進行表にしたがって収録を進める。たとえば発言の順番や「どういうVTRをインサートするのか」は、わりと事前の打ち合わせで決まっている。でないと発言に対応したVTR素材が準備できないからだ。つまり先発投手や打順や作戦が、かなり決まっているわけだ。
 誤解しないで欲しいけど、これはテレビを知らない人がよく言う「台本が決まっている」という意味ではない。「準備を尽くして、あとは本番の発言の流れに任せる」というのが正確なニュアンスかな。マンガ夜話のフリージャズに比べて、譜面の決まってるオーケストラ演奏に近いだろう。シナリオの自由度が高いRPGみたいなものか。
 こうして作った収録2時間分のテープを「素材」として、1時間のトーク番組を編集して作るわけだ。だから僕の発言も正直、ニュアンスが違ったりする場合もある。ノーカットの発言はちゃんと出版されているから、興味のある人は比べてみて欲しい。実際に番組に使われているよりも、かなり深くて濃いやりとりが記録されている。

 「どうしてアニメ夜話はマンガ夜話のようにならないんですか?」と聞かれることが多い。上記の生放送と収録の違いや、マンガという「個人作品」と、アニメという「商業権利物」の取り扱い差、歴史の差から生まれる「テレビでしゃべれる語り手自体の少なさ」、説明しろと言われたらたぶん一時間でも二時間でもしゃべることはできる。
 「マンガ夜話・アニメ夜話の夜話」とかできたら面白いだろうな。
 あ、あさってのGyaOジョッキーのネタ、それで行こうかな。
 
 
  


Posted by 岡田斗司夫 at 15:00